363 韓昌黎集 巻五 365 《別趙子》 韓愈index-11 819年元和14年 52歳kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4141
- 2014/05/03
- 00:31
363 韓昌黎集 巻五 365 《別趙子》 韓愈index-11 819年元和14年 52歳
819年 元和十四年 52歲
363 韓昌黎集 巻五 365 《別趙子》 韓愈index-11 819年元和14年 52歳 | kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4141 |
index-11 | 819年元和14年 52歳 ・『論佛骨表』を上って潮州に貶せらる 38首 | 365 |
作時年:
卷 別: 卷三四一 文體: 五言古詩
詩 題: 別趙子〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕
作地點: 揭陽(嶺南道東部 / 潮州 / 揭陽) 【案:揭陽,漢縣,屬南海郡,至唐為湘州。】
及地點: 揭陽 (嶺南道東部 潮州 揭陽) ・袁州 (江南西道 袁州 袁州) 別名:宜春 【案:袁州。】
交遊人物/地點: 趙德當地交遊(嶺南道東部 潮州 揭陽)
別趙子
(趙德君と別れる)
〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕
(趙子 名は德,潮州の人。愈 潮の刺たりしとき,德 海陽尉を攝し,州學の生徒を督す。 愈 袁州に移るとき,與に俱せんと欲すも,「可ならず」,詩以て之と別る。)
我遷於揭陽,君先揭陽居。
私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。
揭陽去京華,其里萬有餘。
潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。
不謂小郭中,有子可與娛。
そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。
心平而行高,兩通詩與書。
心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。
#2
婆娑海水南,簸弄明月珠。
及我遷宜春,意欲攜以俱。
擺頭笑且言,我豈不足歟。
又奚為於北,往來以紛如。
#3
海中諸山中,幽子【案:隱士也。】頗不無。
相期風濤觀,已久不可渝。
又嘗疑龍蝦,果誰雄牙鬚。
蚌蠃魚鱉蟲,瞿瞿以狙狙。
#4
識一已忘十,大同細自殊。
欲一窮究之,時歲屢謝除。
今子南且北,豈非亦有圖。
人心未嘗同,不可一理區。
宜各從所務,未用相賢愚。
(趙子に別る)
我れ揭陽【けいよう】に遷り,君は先づ揭陽に居る。
揭陽 京華を去る,其の里 萬有う餘。
謂わざりき小郭の中,子が與に娛しむ可き有らんとは。
心 平らかにして行い高し,兩つながら詩と書とに通ず。
海水の南に婆娑とし,明月の珠を簸弄【はろう】す。
我が宜春【ぎしゅん】に遷るに及び,意 攜えて以って俱にせんと欲す。
頭を擺って笑い且つう言,我 豈に足らざらん歟【や】。
又 奚【なん】ぞ北に為さん,往來 以て紛如【ふんじょ】たり。
海中 諸山の中,幽子 頗ぶる無きにあらず。
風濤の觀を相い期し,已に久しくして渝【かわ】る可からず。
又 嘗て疑う 龍蝦【りょうか】,果して誰か牙鬚【がしゅ】に雄なる。
蚌蠃【ぼうら】魚鱉【ぎょべつ】の蟲【ちゅう】,瞿瞿【くく】以て狙狙【そそ】たり。
一を識って已に十を忘る,大は同じゅうして細は自ら殊【こと】なれり。
一たび之を窮究せんと欲す,時歲 屢【しばし】ば謝除【しゃじょ】す。
今 子 南し且つ北す,豈に亦た圖ること有るに非らざらんや。
人心 未だ嘗て同じからず,一理もて區す可からず。
宜しく各【おのお】の務むる所に從うべく,未だ相い賢愚【けんぐ】するを用いず。
『別趙子』 現代語訳と訳註
(本文)
別趙子
我遷於揭陽,君先揭陽居。
揭陽去京華,其里萬有餘。
不謂小郭中,有子可與娛。
心平而行高,兩通詩與書。
(下し文)
(趙子に別る)
我れ揭陽【けいよう】に遷り,君は先づ揭陽に居る。
揭陽 京華を去る,其の里 萬有う餘。
謂わざりき小郭の中,子が與に娛しむ可き有らんとは。
心 平らかにして行い高し,兩つながら詩と書とに通ず。
(現代語訳)
(趙德君と別れる)
私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。
潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。
そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。
心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。
(訳注)
別趙子
(趙德君と別れる)
趙子 趙德に當たる。蘇東坡『潮州韓文公廟碑』に進士とあるから、郷貢進士であったひと。
我遷 於揭陽 ,君先 揭陽 居 。
私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。
「揭陽」 (嶺南道東部 / 潮州 / 揭陽) 揭陽は漢の縣で,南海郡に屬す,唐に至りて湘州の治と為す。廣州記に言う、「大庚,始安、臨賀、桂陽、揭陽を五嶺と為す。」五嶺(湖南から福建広東にある山、大庚・始安・臨賀・桂陽・掲陽の五嶺山脈)西から東の順に、越城嶺(えつじょうれい)、都龐嶺(とほうれい)、萌渚嶺(ほうしょれい)、騎田嶺(きでんれい)、大庾嶺(だいゆれい)の五つの山並みが組み合わさっているためこの名がある。唐朝の宰相・張九齢が大庾嶺を切り開いて「梅関古道」を築いて以後、嶺南地区の開発がようやく進んできた。また古代以来の中国の統治者たちは南嶺を行政区画を作る上で利用してきており、南嶺は諸省区の境界線および辺縁の地となってきた。
揭陽 去 京華 ,其里 萬 有餘 。
潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。
「揭陽」地名、行政地名、揭陽。
「京華」京師。 都、長安。
「萬有餘」荘子逍遥遊編「衆人皆有餘」に基づく。
不謂 小郭 中 ,有子 可與娛 。
そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。
「小郭」小さな城郭。
「可與娛」娛樂活動、娛樂。 詩経 鄭風「聊可與娛」とある。
心平 而行 高 ,兩通 詩 與書 。
心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。
「心平而行高」、心神氣力の狀態をいう。
「兩通」両經に精通する。立派に学問の根底ができている。
別趙子
(趙德君と別れる)
〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕
(趙子 名は德,潮州の人。愈 潮の刺たりしとき,德 海陽尉を攝し,州學の生徒を督す。 愈 袁州に移るとき,與に俱せんと欲すも,「可ならず」,詩以て之と別る。)
我遷於揭陽,君先揭陽居。
私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。
揭陽去京華,其里萬有餘。
潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。
不謂小郭中,有子可與娛。
そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。
心平而行高,兩通詩與書。
心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。
#2
婆娑海水南,簸弄明月珠。
而も大海に面した南の僻地に婆娑としてうろついていて、名月の真珠の様な才徳をただもてあそんでおられる。
及我遷宜春,意欲攜以俱。
ところが今や、我々は、兗州に量移されたことにより、君を携え、一緒にその地に行こうと思ったのだ。
擺頭笑且言,我豈不足歟。
ところが君は、首を横に振って笑いながら言ったことは「現在のわれわれの職は格別なものではありません。自分にとっては採るに足らないものでしかないのです。」
又奚為於北,往來以紛如。
「また、どうして、わざわざ北に向かって往来し、その上、身を粉にするめんどうなことを致さねばならないのか。」
(自分は欲得づくではなく、甘んじてこの地方の教育に従事し、それでこの一生を終えたとしても良いと考えており、他の場所に移ろうとは思わないのです。)
#3
海中諸山中,幽子【案:隱士也。】頗不無。
相期風濤觀,已久不可渝。
又嘗疑龍蝦,果誰雄牙鬚。
蚌蠃魚鱉蟲,瞿瞿以狙狙。
#4
識一已忘十,大同細自殊。
欲一窮究之,時歲屢謝除。
今子南且北,豈非亦有圖。
人心未嘗同,不可一理區。
宜各從所務,未用相賢愚。
(趙子に別る)
我れ揭陽【けいよう】に遷り,君は先づ揭陽に居る。
揭陽 京華を去る,其の里 萬有う餘。
謂わざりき小郭の中,子が與に娛しむ可き有らんとは。
心 平らかにして行い高し,兩つながら詩と書とに通ず。
海水の南に婆娑とし,明月の珠を簸弄【はろう】す。
我が宜春【ぎしゅん】に遷るに及び,意 攜えて以って俱にせんと欲す。
頭を擺って笑い且つう言,我 豈に足らざらん歟【や】。
又 奚【なん】ぞ北に為さん,往來 以て紛如【ふんじょ】たり。
海中 諸山の中,幽子 頗ぶる無きにあらず。
風濤の觀を相い期し,已に久しくして渝【かわ】る可からず。
又 嘗て疑う 龍蝦【りょうか】,果して誰か牙鬚【がしゅ】に雄なる。
蚌蠃【ぼうら】魚鱉【ぎょべつ】の蟲【ちゅう】,瞿瞿【くく】以て狙狙【そそ】たり。
一を識って已に十を忘る,大は同じゅうして細は自ら殊【こと】なれり。
一たび之を窮究せんと欲す,時歲 屢【しばし】ば謝除【しゃじょ】す。
今 子 南し且つ北す,豈に亦た圖ること有るに非らざらんや。
人心 未だ嘗て同じからず,一理もて區す可からず。
宜しく各【おのお】の務むる所に從うべく,未だ相い賢愚【けんぐ】するを用いず。
『別趙子』 現代語訳と訳註
(本文) #2
婆娑海水南,簸弄明月珠。
及我遷宜春,意欲攜以俱。
擺頭笑且言,我豈不足歟。
又奚為於北,往來以紛如。
(下し文)
海水の南に婆娑とし,明月の珠を簸弄【はろう】す。
我が宜春【ぎしゅん】に遷るに及び,意 攜えて以って俱にせんと欲す。
頭を擺って笑い且つう言,我 豈に足らざらん歟【や】。
又 奚【なん】ぞ北に為さん,往來 以て紛如【ふんじょ】たり。
(現代語訳)
而も大海に面した南の僻地に婆娑としてうろついていて、名月の真珠の様な才徳をただもてあそんでおられる。
ところが今や、我々は、兗州に量移されたことにより、君を携え、一緒にその地に行こうと思ったのだ。
ところが君は、首を横に振って笑いながら言ったことは「現在のわれわれの職は格別なものではありません。自分にとっては採るに足らないものでしかないのです。」
「また、どうして、わざわざ北に向かって往来し、その上、身を粉にするめんどうなことを致さねばならないのか。」
(自分は欲得づくではなく、甘んじてこの地方の教育に従事し、それでこの一生を終えたとしても良いと考えており、他の場所に移ろうとは思わないのです。)
(訳注) #2
別趙子
(趙德君と別れる)
趙子 趙德に當たる。蘇東坡『潮州韓文公廟碑』に進士とあるから、郷貢進士であったひと。
婆娑 海水 南 ,簸弄 明月 珠 。
而も大海に面した南の僻地に婆娑としてうろついていて、名月の真珠の様な才徳をただもてあそんでおられる。
「婆娑」1 舞う人の衣の袖がひるがえるさま。「得意の事得意の人に遇えば―として起舞し」〈岡倉天心・狩野芳崖〉
2 ただ物の影などが揺れ動くさま。
「海水南」大海に面した南の僻地。
「簸弄」もてあそぶこと。
「明月珠」天文、月、月。真珠。趙子に対する誉め言葉。
及我 遷 宜春 ,意欲 攜 以俱。
ところが今や、我々は、兗州に量移されたことにより、君を携え、一緒にその地に行こうと思ったのだ。
「宜春」山東省兗州。(g-1)
擺頭 笑 且言 ,我豈 不足 歟。
ところが君は、首を横に振って笑いながら言ったことは「現在のわれわれの職は格別なものではありません。自分にとっては採るに足らないものでしかないのです。」
「擺頭」首を横に振って。
又奚為於北 ,往來 以紛如。
「また、どうして、わざわざ北に向かって往来し、その上、身を粉にするめんどうなことを致さねばならないのか。」
(自分は欲得づくではなく、甘んじてこの地方の教育に従事し、それでこの一生を終えたとしても良いと考えており、他の場所に移ろうとは思わないのです。)
「北」語義類別:地、空間、方向、北。
「往來」語義類別:人、行為動作、一般行為(人部)、來往。
#3
海中諸山中,幽子頗不無。
この大海に面した潮州の近隣の諸山中には高士の隠遁者が随分いるという。
相期風濤觀,已久不可渝。
この者たちがここの海上の風濤を見学しようと約束したこともある。それも既久しく歳月を経過したしたのであるが、高士のものとの約束というのは決して反故にすることはないのである。
又嘗疑龍蝦,果誰雄牙鬚。
それから、ここ潮州には、また、様々な海産物があって、その中でも龍蝦は牙鬚の雄大なるを以て、誰もが承知していることなのである。
蚌蠃魚鱉蟲,瞿瞿以狙狙。
その他、上は貝類、エビなど虫偏の甲殻類、から魚や亀類に至るものが、ククとして寄り、ソソとして集まっているところなのだ。
#4
識一已忘十,大同細自殊。
欲一窮究之,時歲屢謝除。
今子南且北,豈非亦有圖。
人心未嘗同,不可一理區。
宜各從所務,未用相賢愚。
(趙子に別る)
我れ揭陽【けいよう】に遷り,君は先づ揭陽に居る。
揭陽 京華を去る,其の里 萬有う餘。
謂わざりき小郭の中,子が與に娛しむ可き有らんとは。
心 平らかにして行い高し,兩つながら詩と書とに通ず。
海水の南に婆娑とし,明月の珠を簸弄【はろう】す。
我が宜春【ぎしゅん】に遷るに及び,意 攜えて以って俱にせんと欲す。
頭を擺って笑い且つう言,我 豈に足らざらん歟【や】。
又 奚【なん】ぞ北に為さん,往來 以て紛如【ふんじょ】たり。
海中 諸山の中,幽子 頗ぶる無きにあらず。
風濤の觀を相い期し,已に久しくして渝【かわ】る可からず。
又 嘗て疑う 龍蝦【りょうか】,果して誰か牙鬚【がしゅ】に雄なる。
蚌蠃【ぼうら】魚鱉【ぎょべつ】の蟲【ちゅう】,瞿瞿【くく】以て狙狙【そそ】たり。
一を識って已に十を忘る,大は同じゅうして細は自ら殊【こと】なれり。
一たび之を窮究せんと欲す,時歲 屢【しばし】ば謝除【しゃじょ】す。
今 子 南し且つ北す,豈に亦た圖ること有るに非らざらんや。
人心 未だ嘗て同じからず,一理もて區す可からず。
宜しく各【おのお】の務むる所に從うべく,未だ相い賢愚【けんぐ】するを用いず。
『別趙子』 現代語訳と訳註
(本文) #3
海中諸山中,幽子【案:隱士也。】頗不無。
相期風濤觀,已久不可渝。
又嘗疑龍蝦,果誰雄牙鬚。
蚌蠃魚鱉蟲,瞿瞿以狙狙。
(下し文)
海中 諸山の中,幽子 頗ぶる無きにあらず。
風濤の觀を相い期し,已に久しくして渝【かわ】る可からず。
又 嘗て疑う 龍蝦【りょうか】,果して誰か牙鬚【がしゅ】に雄なる。
蚌蠃【ぼうら】魚鱉【ぎょべつ】の蟲【ちゅう】,瞿瞿【くく】以て狙狙【そそ】たり。
(現代語訳)
この大海に面した潮州の近隣の諸山中には高士の隠遁者が随分いるという。
この者たちがここの海上の風濤を見学しようと約束したこともある。それも既久しく歳月を経過したしたのであるが、高士のものとの約束というのは決して反故にすることはないのである。
それから、ここ潮州には、また、様々な海産物があって、その中でも龍蝦は牙鬚の雄大なるを以て、誰もが承知していることなのである。
その他、上は貝類、エビなど虫偏の甲殻類、から魚や亀類に至るものが、ククとして寄り、ソソとして集まっているところなのだ。
(訳注) #3
別趙子
(趙德君と別れる)
趙子 趙德に當たる。蘇東坡『潮州韓文公廟碑』に進士とあるから、郷貢進士であったひと。
海中 諸山 中,幽子 頗不無 。
この大海に面した潮州の近隣の諸山中には高士の隠遁者が随分いるという。
「海中」位置的な意味で、大海に面した潮州の近隣というほどのいみ。。
「幽子」隠遁者のことだが、この頃の隠遁者は奥地に家族とは言って普通の生活をするものが多く、自然の恵みを受ける地域は生活がしやすいという意味で、最高の土地であった。
「頗不無」韓愈の面白くない冗談。否定の否定。
相期 風濤 觀 ,已久 不可 渝。
この者たちがここの海上の風濤を見学しようと約束したこともある。それも既久しく歳月を経過したしたのであるが、高士のものとの約束というのは決して反故にすることはないのである。
「期風濤觀」東シナ海の怒涛逆巻く景色を観察しようという約束。
「已久不可渝」ずいぶん時間経過しているけれど、儒者の約束は決して忘れるものではないという意味。。
又嘗疑 龍蝦 ,果誰 雄 牙鬚 。
それから、ここ潮州には、また、様々な海産物があって、その中でも龍蝦は牙鬚の雄大なるを以て、誰もが承知していることなのである。
「龍蝦」龍と蝦。水生兩棲のもたち。
「牙鬚」齒とひげ。食べるものの全てのものというほどの意味。
蚌蠃 魚鱉 蟲 ,瞿瞿 以狙狙 。
その他、上は貝類、エビなど虫偏の甲殻類、から魚や亀類に至るものが、ククとして寄り、ソソとして集まっているところなのだ。
「蚌」語義類別:物、生物、動物專名(水生兩棲)、蝦(えび)蜆(しじみ)螺(つび)蚌(どぶがい)-蝦はカとも読み、エビのことです。
「蠃」蝦、えび。
「魚鱉」ぎょべつ、魚の合稱。
「蟲」語義類別:物、生物、動物指稱(泛稱)、蟲。
『史記・匈奴列伝』「元元萬民下及魚鱉上及飛鳥跂行喙息蠕動之類莫不就安利而辟危殆」【訓読】元元萬民、下は魚鱉に及び、上は飛鳥及ぶ、跂行喙息、蠕動之類にして、安利に就かざるはなく、而して危殆を辟く。【意味】元来すべての民はおろか、下は魚から上は鳥、虫けらやもぞもぞ動くものに至るまで、安心して生活することを望まないものはなく、危険は避けようとするものである。
別趙子
(趙德君と別れる)
〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕
(趙子 名は德,潮州の人。愈 潮の刺たりしとき,德 海陽尉を攝し,州學の生徒を督す。 愈 袁州に移るとき,與に俱せんと欲すも,「可ならず」,詩以て之と別る。)
我遷於揭陽,君先揭陽居。
私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。
揭陽去京華,其里萬有餘。
潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。
不謂小郭中,有子可與娛。
そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。
心平而行高,兩通詩與書。
心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。
#2
婆娑海水南,簸弄明月珠。
而も大海に面した南の僻地に婆娑としてうろついていて、名月の真珠の様な才徳をただもてあそんでおられる。
及我遷宜春,意欲攜以俱。
ところが今や、我々は、兗州に量移されたことにより、君を携え、一緒にその地に行こうと思ったのだ。
擺頭笑且言,我豈不足歟。
ところが君は、首を横に振って笑いながら言ったことは「現在のわれわれの職は格別なものではありません。自分にとっては採るに足らないものでしかないのです。」
又奚為於北,往來以紛如。
「また、どうして、わざわざ北に向かって往来し、その上、身を粉にするめんどうなことを致さねばならないのか。」
(自分は欲得づくではなく、甘んじてこの地方の教育に従事し、それでこの一生を終えたとしても良いと考えており、他の場所に移ろうとは思わないのです。)
#3
海中諸山中,幽子頗不無。
この大海に面した潮州の近隣の諸山中には高士の隠遁者が随分いるという。
相期風濤觀,已久不可渝。
この者たちがここの海上の風濤を見学しようと約束したこともある。それも既久しく歳月を経過したしたのであるが、高士のものとの約束というのは決して反故にすることはないのである。
又嘗疑龍蝦,果誰雄牙鬚。
それから、ここ潮州には、また、様々な海産物があって、その中でも龍蝦は牙鬚の雄大なるを以て、誰もが承知していることなのである。
蚌蠃魚鱉蟲,瞿瞿以狙狙。
その他、上は貝類、エビなど虫偏の甲殻類、から魚や亀類に至るものが、ククとして寄り、ソソとして集まっているところなのだ。
#4
識一已忘十,大同細自殊。
これらのことを調べかけたのであるが、一を知った時にはもう十のことを忘れてしまうし、大筋のことが同じであっても、細かい所では全く異なっているのは自ずからわかっているつもりであった。
欲一窮究之,時歲屢謝除。
だから、ぜひ、いちいち、心行くまで調べたいと思っていたのだが、歳月がしばしば移ってしまったのである。
今子南且北,豈非亦有圖。
しかし、君は一度南下して、この潮州に来られ、まだ一年もたっていないというのに、北に向かい、兗州に遷られるというのである。そのことはご自分にこの潮州の教育水準を揚げたいという意図があって北に行きたくないといわれるのは理解できることである。
人心未嘗同,不可一理區。
なるほど人の心は、基より同じものではない、また、一理を以て区割するわけにいかない。
宜各從所務,未用相賢愚。
それぞれの持っている志、勤めにしたがって、その天職を全うすればそれでよいのである。何も、互いに賢愚、良し悪しと甲乙を分けてこれを用いることなどないのである。
(趙子に別る)
(趙子 名は德,潮州の人。愈 潮の刺たりしとき,德 海陽尉を攝し,州學の生徒を督す。 愈 袁州に移るとき,與に俱せんと欲すも,「可ならず」,詩以て之と別る。)
我れ揭陽【けいよう】に遷り,君は先づ揭陽に居る。
揭陽 京華を去る,其の里 萬有う餘。
謂わざりき小郭の中,子が與に娛しむ可き有らんとは。
心 平らかにして行い高し,兩つながら詩と書とに通ず。
海水の南に婆娑とし,明月の珠を簸弄【はろう】す。
我が宜春【ぎしゅん】に遷るに及び,意 攜えて以って俱にせんと欲す。
頭を擺って笑い且つう言,我 豈に足らざらん歟【や】。
又 奚【なん】ぞ北に為さん,往來 以て紛如【ふんじょ】たり。
海中 諸山の中,幽子 頗ぶる無きにあらず。
風濤の觀を相い期し,已に久しくして渝【かわ】る可からず。
又 嘗て疑う 龍蝦【りょうか】,果して誰か牙鬚【がしゅ】に雄なる。
蚌蠃【ぼうら】魚鱉【ぎょべつ】の蟲【ちゅう】,瞿瞿【くく】以て狙狙【そそ】たり。
一を識って已に十を忘る,大は同じゅうして細は自ら殊【こと】なれり。
一たび之を窮究せんと欲す,時歲 屢【しばし】ば謝除【しゃじょ】す。
今 子 南し且つ北す,豈に亦た圖ること有るに非らざらんや。
人心 未だ嘗て同じからず,一理もて區す可からず。
宜しく各【おのお】の務むる所に從うべく,未だ相い賢愚【けんぐ】するを用いず。
『別趙子』 現代語訳と訳註
(本文) #4#4
識一已忘十,大同細自殊。
欲一窮究之,時歲屢謝除。
今子南且北,豈非亦有圖。
人心未嘗同,不可一理區。
宜各從所務,未用相賢愚。
(下し文)
一を識って已に十を忘る,大は同じゅうして細は自ら殊【こと】なれり。
一たび之を窮究せんと欲す,時歲 屢【しばし】ば謝除【しゃじょ】す。
今 子 南し且つ北す,豈に亦た圖ること有るに非らざらんや。
人心 未だ嘗て同じからず,一理もて區す可からず。
宜しく各【おのお】の務むる所に從うべく,未だ相い賢愚【けんぐ】するを用いず。
(現代語訳)
これらのことを調べかけたのであるが、一を知った時にはもう十のことを忘れてしまうし、大筋のことが同じであっても、細かい所では全く異なっているのは自ずからわかっているつもりであった。
だから、ぜひ、いちいち、心行くまで調べたいと思っていたのだが、歳月がしばしば移ってしまったのである。
しかし、君は一度南下して、この潮州に来られ、まだ一年もたっていないというのに、北に向かい、兗州に遷られるというのである。そのことはご自分にこの潮州の教育水準を揚げたいという意図があって北に行きたくないといわれるのは理解できることである。
なるほど人の心は、基より同じものではない、また、一理を以て区割するわけにいかない。
それぞれの持っている志、勤めにしたがって、その天職を全うすればそれでよいのである。何も、互いに賢愚、良し悪しと甲乙を分けてこれを用いることなどないのである。
(訳注) #4
別趙子
(趙德君と別れる)
趙子 趙德に當たる。蘇東坡『潮州韓文公廟碑』に進士とあるから、郷貢進士であったひと。
識一 已忘 十 ,大同 細 自殊 。
これらのことを調べかけたのであるが、一を知った時にはもう十のことを忘れてしまうし、大筋のことが同じであっても、細かい所では全く異なっているのは自ずからわかっているつもりであった。
欲一 窮究 之,時歲 屢謝除 。
だから、ぜひ、いちいち、心行くまで調べたいと思っていたのだが、歳月がしばしば移ってしまったのである。
今子 南 且北 ,豈非 亦有 圖 。
しかし、君は一度南下して、この潮州に来られ、まだ一年もたっていないというのに、北に向かい、兗州に遷られるというのである。そのことはご自分にこの潮州の教育水準を揚げたいという意図があって北に行きたくないといわれるのは理解できることである。
「南」南の潮州に来たこと。。
「北」北の兗州に赴任すること
「豈非」是非。
「圖」この潮州の教育水準を揚げたいという意図。
人心 未嘗 同,不可 一理 區。
なるほど人の心は、基より同じものではない、また、一理を以て区割するわけにいかない。
「一理」一つの真理と思える理屈、理論。
宜各從所務,未用 相賢愚 。
それぞれの持っている志、勤めにしたがって、その天職を全うすればそれでよいのである。何も、互いに賢愚、良し悪しと甲乙を分けてこれを用いることなどないのである。
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