577 唐宋八大家文読本 巻三 《上兵部李侍郎書 -§3》韓愈(韓退之) kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 5211
- 2014/12/03
- 00:41
一体、斉の甯戚の牛角の歌は、斉の桓公に求めたものであるが、その辞はいやしくて、その意義はまずいものであった。鄭の鬷蔑の堂下での言は、伝記に書いてはないから、内容はわからないのである。
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上兵部李侍郎書 §1
(兵部侍郎李巽のような人物を見る眼識のある人に遇って、知己を求めなければ、機会を失うといって、採用を願うのである。)
十二月九日,將仕郎守江陵府法曹參軍韓愈,謹上書侍郎閤下:
十二月九日、将仕郎守江陵府法曹参軍韓愈、謹んで書を侍郎閣下にたてまつる。
愈少鄙鈍,於時事都不通曉,
私は幼少から見識は低く智能は鈍く、時世の事について全く通じ知らないのであるが、
家貧不足以自活,應舉覓官,凡二十年矣。
家が貧しく自力で活きるに不充分であるので、科挙に応じて官をも とめること二十年である。
薄命不幸,動遭讒謗,進寸退尺,卒無所成。
しかし運命が薄くふしあわせで、どうかするとありもしない悪口にあい、一寸進めば一尺退く というように、ついに成功する所かないのである。
(兵部李侍郎に上る書)
十二月九日,將仕 郎守 江陵府 法曹參軍の韓愈,謹んで書を侍郎閤下に上【たてまつ】る。
愈 少より鄙鈍【ひどん】,時事に於いて都【すべ】て通曉せず,
家 貧にして以って自活するに足らず,舉に應じて官を覓むること,凡そ二十年なり。
薄命不幸,動もすれば讒謗【ざんぼう】に遭い,寸を進めば尺を退き,卒【つい】に成す所無し。
§2
性本好文學,因困厄悲愁,
私は生まれつきの性格は、もともと文学を奸み、生活に困っていて、災いに苦しみ悲しみうれっていた。
無所告語,遂得究窮於經傳、
それを告げ語る人も無い境遇であったから、そのまま聖人の教えの書やそれの伝述の書を研究した。
史記、百家之說,沈潛乎訓義,反複乎句讀,
そして、歴史の記録、請子百家の説を研究し、その読み方解義に深く心をひそめ、辞章の句切り読みなどの勉学を繰り返した。
礱磨乎事業,而奮發乎文章。
学問の仕事に錬磨して、文章に力を奮い発することができた。
§2
性は本と 文學を好み,困厄 悲愁に因る,
告語する所無く,遂に經傳、史記、百家の說を究窮するを得る。
訓義に沈潛し,句讀を反複し,
事業を礱磨【ろうま】し,而して文章を奮發す。
-2
凡自唐虞以來,編簡所存,
およそ堯・舜からこのかた、書籍に存する所のものを読み、
大之為河海,高之為山嶽,
広大な文章では黄河や大海のようなものであり、高大なものでは山嶽のような 文章であるのだ。
明之為日月,幽之為鬼神,
明らかに輝くものでは、日月のような文章であり、幽玄なものでは鬼神にもたとえられる神秘な文章であるのだ。
纖之為珠璣華實,變之為雷霆風雨,
繊細な文章では真珠や小さい玉、花や実のようなものでもあるのだ。
奇辭奧旨,靡不通達。
変化の激しいものでは、雷や稲光、風や雨のような文章である。これらのめずらしい文辞、奥深い意味を、私は十分によく理解しないところがない。
惟是鄙鈍不通曉於時事,學成而道益窮,
ただ私の性質は見識いやしく、心の働きがにぶくて、時世の大切な事がらに行きわたり理解できないだけである。学問はでき上がっているのにである。
年老而智益困,私自憐悼,
わが道はますます行きづまり、年を重ねて智恵はますます苦しんでいる。私は人しれず自分を憐みいたむのである。
悔其初心,發禿齒落,不見知己。
その初めに抱いた志を今では悔いている。髪は禿げ歯は技けてうつろになっても、己を知ってくれる人物に遭遇できないでいる。
凡そ唐虞より以來,編簡の存する所なり,
之を大にしては河海を為し,之を高うしては山嶽と為す。
之を明しては日月と為り,之を幽にしては鬼神と為る。
之を纖しては珠璣【しゅき】華實と為り,之を變じては雷霆【らいてい】風雨と為る,
奇辭 奧旨,通達せざる靡【な】し。
惟だ是れ 鄙鈍【ひどん】時事に通曉せず,學成りて 道 益す窮す。
年老いて 智 益す困しみ,私【ひそか】に自ら憐悼【れんとう】す。
其の初心を悔い,發禿【はつとく】し齒落ち,知己を見ず。
§3
夫牛角之歌,辭鄙而義拙;
一体、斉の甯戚の牛角の歌は、斉の桓公に求めたものであるが、その辞はいやしくて、その意義はまずいものであった。
堂下之言,不書於傳記。
鄭の鬷蔑の堂下での言は、伝記に書いてはないから、内容はわからないのである。
齊桓舉以相國,叔向攜手以上,
斉の桓公は甯戚を挙げて国政を相ける宰相となし、晋の叔向は鬷蔑と手をたずさえて堂に上って語った。
然則非言之難為,聽而識之者難遇也!
そうだとすると、人に認められ難いのは、物言うことの難いのでなくて、それを聴いて人物を識別する者の遇い難いのである。
夫れ牛角の歌,辭 鄙【いやし】くして 義 拙【つたな】し。
堂下の言は,傳記に書せず。
齊桓 舉げて以って國に相たらしめ,叔向 手を攜えて以て上る,
然らば則ち言の為し難きに非らず,聽いて之を識る者 遇い難きなり!
『上兵部李侍郎書』 現代語訳と訳註解説
(本文) §3
夫牛角之歌,辭鄙而義拙;
堂下之言,不書於傳記。
齊桓舉以相國,叔向攜手以上,
然則非言之難為,聽而識之者難遇也!
(下し文)
夫れ牛角の歌,辭 鄙【いやし】くして 義 拙【つたな】し。
堂下の言は,傳記に書せず。
齊桓 舉げて以って國に相たらしめ,叔向 手を攜えて以て上る,
然らば則ち言の為し難きに非らず,聽いて之を識る者 遇い難きなり!
(現代語訳)
一体、斉の甯戚の牛角の歌は、斉の桓公に求めたものであるが、その辞はいやしくて、その意義はまずいものであった。
鄭の鬷蔑の堂下での言は、伝記に書いてはないから、内容はわからないのである。
斉の桓公は甯戚を挙げて国政を相ける宰相となし、晋の叔向は鬷蔑と手をたずさえて堂に上って語った。
そうだとすると、人に認められ難いのは、物言うことの難いのでなくて、それを聴いて人物を識別する者の遇い難いのである。
(訳注) §3
兵部李侍郎書§2
(兵部侍郎李巽のような人物を見る眼識のある人に遇って、知己を求めなければ、機会を失うといって、採用を願うのである。)
○兵部侍郎 国防を担当し、長官を兵部尚書、次官を兵部侍郎という。 兵部は隋唐の時に設置され、武官の人事・兵器・軍政などを担当した。
夫牛角之歌,辭鄙而義拙;
一体、斉の甯戚の牛角の歌は、斉の桓公に求めたものであるが、その辞はいやしくて、その意義はまずいものであった。
○牛角之歌 斉の桓公が、夜外出して、雷戚が牛に餌をやりながら、牛の角を叩いて「南山矸,白石爛,生不逢堯與舜禪。 短布單衣適至骭,從昏飯牛薄夜半,長夜漫漫何時旦?」(南山矸【かん】(けわしい)たり、白石爛たり。生まれて堯と舜の禪(ゆずり)に遭はず、短布単衣、適【わず】かに骭【かん】(すねの骨)に至る。昏より牛を飯【か】いて、夜半に薄【いた】る。長夜 漫漫、何れの時にか旦【ぁ】けん)と歌っていた。桓公は車に載せて帰って大夫としたという。これを「飯牛の歌」ともいう。
堂下之言,不書於傳記。
鄭の鬷蔑の堂下での言は、伝記に書いてはないから、内容はわからないのである。
○堂下之言 『左伝』昭公二十八年に「《春秋左傳》〈昭公傳二十八年〉, 昔叔向適鄭。鬷蔑惡欲觀叔向。從使之收器者。而往立於堂下。一言而善。叔向將飲酒。聞之曰。必鬷明也。下執其手。以上曰。必鬷明也。 下執其手. 以上。 曰. 昔賈大夫惡. 娶妻而美. 三年不言不笑. 御以如。」(叔向鄭に適(ゅ)く。鬷蔑【そうべつ】醜悪(顔がみにくい)、叔向を観んと欲す。使の器を収むる者に従ひて、往いて堂下に立つ。一言して善し。叔向将に酒を飲まんとす。之か聞いて日く、必ず鬷明なりと、下つて其の手を執つて、以て上つて日く、云云、遂に故知の如し」とある。鬷蔑の字は然明。故に鬷明ともいう。鄭の大夫。
齊桓舉以相國,叔向攜手以上,
斉の桓公は甯戚を挙げて国政を相ける宰相となし、晋の叔向は鬷蔑と手をたずさえて堂に上って語った。
○叔向 晋の大夫羊舌肸【きつ】、一名羊肸、字は叔向、博学多聞、能く礼講を以て国を治めた。
然則非言之難為,聽而識之者難遇也!
そうだとすると、人に認められ難いのは、物言うことの難いのでなくて、それを聴いて人物を識別する者の遇い難いのである。
○言之難為 言説のなし難いこと。物を言うのが困難。
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