巻1 02 李太白集 《0102 古風五十九首之二》 李白kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 5311
- 2014/12/23
- 00:06
Ⅳ | 745年(天寶五年)46歳 ~756年(至德元年年)57歳 漫遊時代 | 337 首 | ||
index-25 | Ⅳ-1 | 45歳 | 28 首 | |
index-26 | Ⅳ-2 | 李白index- 26 《747年天寶六年47歳 春、揚州金陵,5月当塗、丹陽横山に隠れる。後、溧陽、金陵、兗州に帰り年を越》 | 46歳 | 17 首 |
index-27 | Ⅳ-3 | 李白index- 27 《748年天寶七年48歳 袁州済南、梁苑に遊び、夏、蕹丘・鄭縣、穎陽陳州で元丹邱を尋ねる。梁苑で年越》 | 47歳 | 39 首 |
index-28 | Ⅳ-4 | 48歳 | 22 首 | |
index-29 | Ⅳ-5 | 49歳 | 12 首 | |
index-30 | Ⅳ-6 | 李白index- 30 《751年天寶十年51歳 春、南陽穎陽の元丹邱と、河東・関内で遊ぶ。縈陽・鄴中・絳州・邠州、華州で年越》 | 50歳 | 17 首 |
index-31 | Ⅳ-7 | 李白index- 31 《752年天寶十一年52歳 商州、南陽、洛陽で宗氏の娘を娶る、秋、河北道に遊び、幽州・薊門、滄州を経て梁苑で年越》 | 51歳 | 10 首 |
index-32 | Ⅳ-8 | 李白index- 32 《753年天寶十二年53歳 梁苑にいて、秋、曹南から宜城、黄山から当塗で年越》 | 52歳 | 15 首 |
index-33 | Ⅳ-9 | 李白index- 33 《754年天寶十三年54歳 当塗から金陵、越中、広陵で魏万と遇す金陵、江南で遊ぶ秋浦で年越》李白詩 全詩 | 53歳 | 60 首 |
index-34 | Ⅳ-10 | 李白index- 34 《755年天寶十四年55歳 春、秋浦から宜城へ当塗、蘆江と宜城、当塗で年越》李白詩 全詩4073 | 54歳 | 56 首 |
index-35 | Ⅳ-11 | 李白index- 35 《756年至德元年年56歳 当塗から宜城、溧陽、剡中、金陵、盧山、永王鄰の幕僚で年越》李白詩 全詩4078 | 55歳 | 35 首 |
index-36 | Ⅳ-12 | 李白index- 36 《757年至德二年57歳 二月永王璘敗れ、彭澤に逃げるが宿松で捕まり、潯陽の獄に》李白詩 全詩4083 | 56歳 | 26 首 |
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Index-32753年天寶十二年53歳 梁苑にいて、秋、曹南から宜城、黄山から当塗で年越579《古風,五十九首之二(蟾蜍薄太清)》
製作年:753年 天寶十二年 53歲
卷別: 卷一六一 文體: 五言古詩
詩題: 古風,五十九首之二
及地點: 紫微殿 (京畿道 京兆府 長安)
長門宮 (京畿道 京兆府 長安) 別名:長門殿
古風五十九首之二
蟾蜍薄太清。 蝕此瑤台月。
圓光虧中天。 金魄遂淪沒。
螮蝀入紫微。 大明夷朝暉。
(仲睦まじく、一手に寵愛された王妃でさえ、度重なる讒言によって罪を得ると詠う)
月の中にすむヒキガエルがのさばって大空に逼っている。ついに、天上の仙郷宮殿の上に輝く月を食べ始めて仕舞うという。
そういうことで月が天空の中天にあるというのに、その黄金の光は欠けてなくなっていき、仕舞には天空の中にしみ込んで消えたのである。いま、武惠妃が寵愛をほしいままにし、王皇后がこれを厭がって、その皇位から落されてしまったのが、この月の様子と同じである。
そもそも、「螮蝀(虹:武惠妃)」が天空にかかって来るとその綺麗さに朝日(玄宗)も滅ぼされて仕舞う、武惠妃が後宮に入ってから、淫奔の行いをするようになり、開元の治といわれた玄宗の聡明さも全く消されてしまったのである。
浮云隔兩曜。 萬象昏陰霏。
蕭蕭長門宮。 昔是今已非。
桂蠹花不實。 天霜下嚴威。
沈嘆終永夕。 感我涕沾衣。
(古風五十九首之二)
蟾蜍は薄太清に【せま】り。此の瑤台の月を蝕す。
圓光 中天に虧【か】け。金魄 遂に淪沒す。
螮蝀【ていとう】紫微に入り。大明 朝暉を夷【やぶ】らる。
浮云 兩曜を隔てて。 萬象 陰霏【いんび】昏し。
蕭蕭たる長門の宮。 昔は是にして今は已に非なり。
桂は蠹【むしば】んで花は實らず。天霜 嚴威を下す。
沈嘆 永夕を終り。我を感ぜしめて涕 衣を沾す。
『古風五十九首之二』 現代語訳と訳註
(本文)
古風五十九首之二
蟾蜍薄太清。 蝕此瑤台月。
圓光虧中天。 金魄遂淪沒。
螮蝀入紫微。 大明夷朝暉。
(下し文)
(古風五十九首之二)
蟾蜍は薄太清に【せま】り。此の瑤台の月を蝕す。
圓光 中天に虧【か】け。金魄 遂に淪沒す。
螮蝀【ていとう】紫微に入り。大明 朝暉を夷【やぶ】らる。
浮云 兩曜を隔てて。 萬象 陰霏【いんび】昏し。
蕭蕭たる長門の宮。 昔は是にして今は已に非なり。
桂は蠹【むしば】んで花は實らず。天霜 嚴威を下す。
沈嘆 永夕を終り。我を感ぜしめて涕 衣を沾す。
(現代語訳)
(仲睦まじく、一手に寵愛された王妃でさえ、度重なる讒言によって罪を得ると詠う)
月の中にすむヒキガエルがのさばって大空に逼っている。ついに、天上の仙郷宮殿の上に輝く月を食べ始めて仕舞うという。
そういうことで月が天空の中天にあるというのに、その黄金の光は欠けてなくなっていき、仕舞には天空の中にしみ込んで消えたのである。いま、武惠妃が寵愛をほしいままにし、王皇后がこれを厭がって、その皇位から落されてしまったのが、この月の様子と同じである。
そもそも、「螮蝀(虹:武惠妃)」が天空にかかって来るとその綺麗さに朝日(玄宗)も滅ぼされて仕舞う、武惠妃が後宮に入ってから、淫奔の行いをするようになり、開元の治といわれた玄宗の聡明さも全く消されてしまったのである。
(訳注)
古風五十九首之二
古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集したのである。「詩経の大雅のような大らかな正しい詩風が、長い間作られなくなった。わたくしのやろうという気持ちが衰退したら、いったい誰がそれを復活できようか。王風の詩は草のはびこる中にすてられるに任せている、戦国の丗は、雑草ばかりになってしまった。」「大雅」は、文王・生民・蕩の3什編によって構成される。「わたしの志は、古代の詩の伝統を後世につたえることだ。その光が千年さきの春を照らすような詩集をつくるのだ。」
之二
(仲睦まじく、一手に寵愛された王妃でさえ、度重なる讒言によって罪を得ると詠う)
古風の第二篇 玄宗が王皇后を廃したことを諷刺したものである。詩の内容としても古朗月行 #1 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白
と、同じような詩である。
(仲睦まじく、一手に寵愛された王妃でさえ、度重なる讒言によって罪を得ると詠う)
蟾蜍薄太清。 蝕此瑤台月。
月の中にすむヒキガエルがのさばって大空に逼っている。ついに、天上の仙郷宮殿の上に輝く月を食べ始めて仕舞うという。
○蟾蜍 月の中にすむヒキガエル。これに食われて月が欠けるという。
『古朗月行』
小時不識月、呼作白玉盤。
又疑瑤台鏡、飛在青云端。
仙人垂兩足、桂樹何團團。
白兔搗藥成、問言與誰餐。
蟾蜍蝕圓影、大明夜已殘。
羿昔落九烏、天人清且安。
陰精此淪惑、去去不足觀。
憂來其如何、淒愴摧心肝。
古朗月行 #1 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白
○薄 迫る。侵す。
○太清 おおぞら。
○瑤台 天上の仙郷宮殿。
月のウサギは道教の神・西王母(せいおうぼ)の神話に属しているが、西方の仙界・崑崙山(こんろんさん)に棲むその西王母に従うものにウサギがいる。ウサギは、上下対称で中央部を持って搗(つ)く杵(きね)でもって、餅ではなく不死の薬草を練って作る。
圓光虧中天。 金魄遂淪沒。
そういうことで月が天空の中天にあるというのに、その黄金の光は欠けてなくなっていき、仕舞には天空の中にしみ込んで消えたのである。いま、武惠妃が寵愛をほしいままにし、王皇后がこれを厭がって、その皇位から落されてしまったのが、この月の様子と同じである。
○圓光 月と月の光
○金魄 金は満月が昇る際、黄金色である。五行思想で、真ん中を意味する金。魄はかたまり、満月の陰の部分。
武恵妃(ぶけいひ、? - 開元25年(737年))は、唐代玄宗朝に仕えた皇妃。姓は武、名は伝わっていない。恵妃は皇妃としての順位を表す称号である。玄宗の寵愛を得、皇子の 寿王・李瑁を皇太子にしようと運動したが、失敗した。「旧唐書」では『貞順皇后武氏』。
○淪沒 淪も沒も沈んでゆくこと。
螮蝀入紫微。 大明夷朝暉。
そもそも、「螮蝀(虹:武惠妃)」が天空にかかって来るとその綺麗さに朝日(玄宗)も滅ぼされて仕舞う、武惠妃が後宮に入ってから、淫奔の行いをするようになり、開元の治といわれた玄宗の聡明さも全く消されてしまったのである。
○螮蝀 虹のこと。虹は、古代中国では虹蜺、蝃蝀、螮蝀などと呼ばれていた。
○紫微 「紫微垣(しびえん)」の略。中国古代の天文学で、天を三垣(えん)二八宿に分けた、その一。北極星を中心とした、小熊座・大熊座・竜座・カシオペヤ座などの星座群にあたり、天帝の住む場所とされた。転じて、天子・天位・宮廷を示す。紫微宮。
○大明 太陽のこと。太陽がかつて十個あったという神話は、殷王朝も共有していた(干支の「十干」や暦の「旬」に今も残る。この前後・相互関係は極めて複雑かつ微妙で、要するに不明である)。三本足のカラスは「八咫烏」(やたがらす)として有名である。
○朝暉 【ちょうき】朝日。朝陽。あさひ。また,その光。
古風五十九首之二
(仲睦まじく、一手に寵愛された王妃でさえ、度重なる讒言によって罪を得ると詠う)
蟾蜍薄太清。 蝕此瑤台月。
月の中にすむヒキガエルがのさばって大空に逼っている。ついに、天上の仙郷宮殿の上に輝く月を食べ始めて仕舞うという。
圓光虧中天。 金魄遂淪沒。
そういうことで月が天空の中天にあるというのに、その黄金の光は欠けてなくなっていき、仕舞には天空の中にしみ込んで消えたのである。いま、武惠妃が寵愛をほしいままにし、王皇后がこれを厭がって、その皇位から落されてしまったのが、この月の様子と同じである。
螮蝀入紫微。 大明夷朝暉。
そもそも、「螮蝀(虹:武惠妃)」が天空にかかって来るとその綺麗さに朝日(玄宗)も滅ぼされて仕舞う、武惠妃が後宮に入ってから、淫奔の行いをするようになり、開元の治といわれた玄宗の聡明さも全く消されてしまったのである。
(古風五十九首之二)
蟾蜍は薄太清に【せま】り。此の瑤台の月を蝕す。
圓光 中天に虧【か】け。 金魄 遂に淪沒す。
螮蝀【ていとう】紫微に入り。 大明 朝暉を夷【やぶ】らる。
浮云隔兩曜。 萬象昏陰霏。
こうして浮雲(浮気心)が日月を隔てて、すべての事柄・事象も陰晦の中に暗く霞んでしまった。玄宗と武惠妃との間は月日と共に隔離され、陰険なものにかわっていった。そこで、王皇后は廃され冷宮に幽閉されたのである。
蕭蕭長門宮。 昔是今已非。
それは漢の武帝が陳皇后をひっそりとした長門宮の一角に幽閉されたこととおなじことであるのだが、前後の関係からそれぞれを比較すると全く話にならないようなものなのである。
桂蠹花不實。 天霜下嚴威。
そもそも、後宮に生い茂る桂の実はひりひりとしてからいものであるから蟲などが喰うはずがないのである。梧桐の住まいに棲むといわれる天子と皇后とは讒言などに惑わされるものであってはならないのであるが、桂には蟲が付き、花は咲くけど実はならない、そこに天から、冰霜が降ってくるという厳しい寒気がおそったというのではたまらない。
沈嘆終永夕。 感我涕沾衣。
こうして、王皇后も讒言によって隔離された上に天子から厳しく詰問され、厳罰を科せられた身の上は、長い夜深い嘆息、心は沈んでしまわれたことであろう、私もこの讒言により貶められるということを考えると涙があふれ衣をすっかり濡らしてしまうのである。
浮云 兩曜を隔てて。 萬象 陰霏【いんび】昏し。
蕭蕭たる長門の宮。 昔は是にして今は已に非なり。
桂は蠹【むしば】んで花は實らず。 天霜 嚴威を下す。
沈嘆 永夕を終り。我を感ぜしめて涕 衣を沾す。
『古風五十九首之二』 現代語訳と訳註
(本文)#2
浮云隔兩曜。 萬象昏陰霏。
蕭蕭長門宮。 昔是今已非。
桂蠹花不實。 天霜下嚴威。
沈嘆終永夕。 感我涕沾衣。
(下し文)
(古風五十九首之二)
蟾蜍は薄太清に【せま】り。此の瑤台の月を蝕す。
圓光 中天に虧【か】け。 金魄 遂に淪沒す。
螮蝀【ていとう】紫微に入り。 大明 朝暉を夷【やぶ】らる。
浮云 兩曜を隔てて。 萬象 陰霏【いんび】昏し。
蕭蕭たる長門の宮。 昔は是にして今は已に非なり。
桂は蠹【むしば】んで花は實らず。天霜 嚴威を下す。
沈嘆 永夕を終り。我を感ぜしめて涕 衣を沾す。
(現代語訳)
(仲睦まじく、一手に寵愛された王妃でさえ、度重なる讒言によって罪を得ると詠う)#2
こうして浮雲(浮気心)が日月を隔てて、すべての事柄・事象も陰晦の中に暗く霞んでしまった。玄宗と武惠妃との間は月日と共に隔離され、陰険なものにかわっていった。そこで、王皇后は廃され冷宮に幽閉されたのである。
それは漢の武帝が陳皇后をひっそりとした長門宮の一角に幽閉されたこととおなじことであるのだが、前後の関係からそれぞれを比較すると全く話にならないようなものなのである。
そもそも、後宮に生い茂る桂の実はひりひりとしてからいものであるから蟲などが喰うはずがないのである。梧桐の住まいに棲むといわれる天子と皇后とは讒言などに惑わされるものであってはならないのであるが、桂には蟲が付き、花は咲くけど実はならない、そこに天から、冰霜が降ってくるという厳しい寒気がおそったというのではたまらない。
こうして、王皇后も讒言によって隔離された上に天子から厳しく詰問され、厳罰を科せられた身の上は、長い夜深い嘆息、心は沈んでしまわれたことであろう、私もこの讒言により貶められるということを考えると涙があふれ衣をすっかり濡らしてしまうのである。
(訳注)
古風五十九首之二
古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集したのである。「詩経の大雅のような大らかな正しい詩風が、長い間作られなくなった。わたくしのやろうという気持ちが衰退したら、いったい誰がそれを復活できようか。王風の詩は草のはびこる中にすてられるに任せている、戦国の丗は、雑草ばかりになってしまった。」「大雅」は、文王・生民・蕩の3什編によって構成される。「わたしの志は、古代の詩の伝統を後世につたえることだ。その光が千年さきの春を照らすような詩集をつくるのだ。」
之二
(仲睦まじく、一手に寵愛された王妃でさえ、度重なる讒言によって罪を得ると詠う)
古風の第二篇 玄宗が王皇后を廃したことを諷刺したものである。詩の内容としても古朗月行 #1 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白
と、同じような詩である。
(仲睦まじく、一手に寵愛された王妃でさえ、度重なる讒言によって罪を得ると詠う)#2
浮云隔兩曜。 萬象昏陰霏。
こうして浮雲(浮気心)が日月を隔てて、すべての事柄・事象も陰晦の中に暗く霞んでしまった。玄宗と武惠妃との間は月日と共に隔離され、陰険なものにかわっていった。そこで、王皇后は廃され冷宮に幽閉されたのである。
○隔兩曜 日月を隔てて。表向きは、仲睦まじい日が過ぎてゆく、その一方で、讒言が繰り返し行われていくにしたがって一方では「寵愛」、その裏では「讒言」により、天子の心が離れていくことをいう。
○陰霏 陰険なことが絶えず行われること。霏:1 雪や雨が絶え間なく降るさま。2 物事が絶え間なく続くさま。「
蕭蕭長門宮。 昔是今已非。
それは漢の武帝が陳皇后をひっそりとした長門宮の一角に幽閉されたこととおなじことであるのだが、前後の関係からそれぞれを比較すると全く話にならないようなものなのである。
○長門宮 陳皇后(ちん こうごう、生没年不詳)は、前漢の武帝の最初の皇后。武帝の従姉妹に当たる。武帝が即位すると彼女は皇后となり、寵愛をほしいままにしたが、10年以上子が出来なかった。一方で衛子夫が武帝に寵愛されたと聞くと、皇后は彼女の死を願い、一族も弟の衛青を連れ去り監禁するほどだった。皇后は呪術を用いて呪い、それが発覚して元光5年(紀元前130年)に廃位された。
桂蠹花不實。 天霜下嚴威。
そもそも、後宮に生い茂る桂の実はひりひりとしてからいものであるから蟲などが喰うはずがないのである。梧桐の住まいに棲むといわれる天子と皇后とは讒言などに惑わされるものであってはならないのであるが、桂には蟲が付き、花は咲くけど実はならない、そこに天から、冰霜が降ってくるという厳しい寒気がおそったというのではたまらない。
○桂蠹 月の宮殿に生い茂る嫦娥の宮殿のある梧桐。桂の実はひりひりとしてからいものであるから蟲などが喰うはずがないという常識。月には桂の樹木がうっそうと茂っていた。梧桐の葉に棲むとされるつがいの鳳凰は玄宗皇帝と楊貴妃に喩えられて詩に登場する。宮殿は一般のものが見られないものであり、贅の限りを尽くしたものはこのようのものでないということで、神格化につなげたものである。身分社会における神格化と、叛乱のできないほとのギリギリの貧困で留めることは、王朝の維持存続に不可欠のものであったのだ。
これらの伝説は王朝の宮廷の神格化のために作られたものといって過言ではない。それが、道教の神仙思想、陰陽道、などと結びつき伝説だけが、一人歩きした。科学力のない時代において、超常現象と伝説は神格化に必要不可欠のものであった。
沈嘆終永夕。 感我涕沾衣。
こうして、王皇后も讒言によって隔離された上に天子から厳しく詰問され、厳罰を科せられた身の上は、長い夜深い嘆息、心は沈んでしまわれたことであろう、私もこの讒言により貶められるということを考えると涙があふれ衣をすっかり濡らしてしまうのである。
○感我 ここに言う「感我」は李白は高力氏の讒言により、長安追放となったことに重ねている。玄宗以前より宮廷内での宦官の暗躍は、天子の加護により陰湿なものであった。宦官は讒言と同時に、道士と結託し秘薬を駆使し、暗殺も行っていたので、表立って敵対視はできなかった。
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