巻1 23 李太白集 《0123 古風五十九首之二十三》 李白kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 5416
- 2015/01/18
- 21:47
《0123 古風五十九首之二十三》 李白(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)庭の草木に秋の露は団団としてまるで白い宝玉のようだし、外に出てみると庭の木樹の綠におりている。
製作年:745年 天寶四年 45歲
卷別: 卷一六一 文體: 五言古詩
詩題: 古風,五十九首之二十三
及地點: 牛山 (河南道 青州 牛山)
古風,五十九首之二十三
(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)
秋露白如玉,團團下庭綠。
庭の草木に秋の露は団団としてまるで白い宝玉のようだし、外に出てみると庭の木樹の綠におりている。
我行忽見之,寒早悲歲促。
わたしの旅先中でも、秋露をたびたび見つけるのだ、いまも寒さが早くも来ているのをみて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
人生鳥過目,胡乃自結束。
人の一生というものは、飛鳥が目の先をかすめ飛びさるようなもので、ほんのつかのまのあいだにかぎられて、まことにはかないものなのだから、自分から窮屈に検束することがあってよいのか。
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景公一何愚,牛山淚相續。
物苦不知足,得隴又望蜀。
人心若波瀾,世路有屈曲。
三萬六千日,夜夜當秉燭。
秋露は白くして玉の如く、團團として庭綠に下る。
我が行 忽ち之を見、寒早くして 歳の促すを悲しむ。
人生 鳥の目を過ぎるがごとし、胡ぞそ乃ち 自ら結束する。
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景公 一に何ぞ愚かなる、牛山 涙 相い続ぐ。
物は足るを知らざるに苦しみ、隴を得て 又た 蜀を望む。
人心は 波瀾の若く、 世路には 屈曲有り。
三萬六千日、 夜夜當に燭を秉る。
『古風,五十九首之二十三』 現代語訳と訳註
(本文)
古風,五十九首之二十三
秋露白如玉,團團下庭綠。
我行忽見之,寒早悲歲促。
人生鳥過目,胡乃自結束。
(下し文)
秋露は白くして玉の如く、 團團として庭綠に下る。
我が行 忽ち之を見、寒早くして 歳の促すを悲しむ。
人生 鳥の目を過ぎるがごとし、胡ぞそ乃ち 自ら結束する。
(現代語訳)
(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)
庭の草木に秋の露は団団としてまるで白い宝玉のようだし、外に出てみると庭の木樹の綠におりている。
わたしの旅先中でも、秋露をたびたび見つけるのだ、いまも寒さが早くも来ているのをみて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
人の一生というものは、飛鳥が目の先をかすめ飛びさるようなもので、ほんのつかのまのあいだにかぎられて、まことにはかないものなのだから、自分から窮屈に検束することがあってよいのか。
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(訳注)
古風,五十九首之二十三 #1
この詩は、(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)
秋露白如玉,團團下庭綠。
庭の草木に秋の露は団団としてまるで白い宝玉のようだし、外に出てみると庭の木樹の綠におりている。
○団団 まるいさま。露が丸い粒にかたまったさま。六朝の謝霊運の詩に「團團たり満葉の露」とある。李白「古郎月行」「仙人垂兩足、桂樹何團團。」(仙人 両足を垂る、桂樹 何ぞ団団たる。よく見ると、仙人が両足を垂らしているようにもみえた。桂の樹木が何と奥の奥までこんもりと茂っているのだ。)では木々のこんもり繁るさまに使っている。
○庭綠 庭の中の草木。
我行忽見之、寒早悲歲促。
わたしの旅先中でも、秋露をたびたび見つけるのだ、いまも寒さが早くも来ているのをみて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
〇歳促 歳の瀬がせまる。
人生鳥過目、胡乃自結束。
人の一生というものは、飛鳥が目の先をかすめ飛びさるようなもので、ほんのつかのまのあいだにかぎられて、まことにはかないものなのだから、自分から窮屈に検束することがあってよいのか。
○鳥過目 張協の詩に「人生は瀛海の内、忽上して鳥の目を過ぐるが如し」とある。飛鳥が目の前をかすめて過ぎるように、人生はつかのまの時間に限られる。
○胡 ここではでたらめ。あやしい。つまらないこと。
○結束 窮屈にする。しばりつける。
古風,五十九首之二十三
(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)
秋露白如玉,團團下庭綠。
庭の草木に秋の露は団団としてまるで白い宝玉のようだし、外に出てみると庭の木樹の綠におりている。
我行忽見之,寒早悲歲促。
わたしの旅先中でも、秋露をたびたび見つけるのだ、いまも寒さが早くも来ているのをみて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
人生鳥過目,胡乃自結束。
人の一生というものは、飛鳥が目の先をかすめ飛びさるようなもので、ほんのつかのまのあいだにかぎられて、まことにはかないものなのだから、自分から窮屈に検束することがあってよいのか。
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景公一何愚,牛山淚相續。
むかしの斉の景公は、牛山にのぼり美しい国土をながめ、人は死なねばならないという儒教の考えで自分を窮屈に検束していることを悲しく涙を流したというが、じつに何とおろかなことか。
物苦不知足,得隴又望蜀。
そもそも人間社会が落ち着かず、争闘が絶えないのはもともと欲に限りがないので起るのであって、光武帝が行ったことのように既に隴を得ればまた蜀を望み、すべて生き歳往けるものは、決して足るということを知らないのである。
人心若波瀾,世路有屈曲。
人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化、波瀾があるもの、世路はまっすぐなものはなくうねりくねって、ここを無事に通過することは容易ではないのである。
三萬六千日,夜夜當秉燭。
限りない欲望をもってこの難しい浮世にいたとして、果たして何の楽しみがあろうか、それよりも、この世間のことは、良い加減にしておいて、三万六千日、乃ち、生きている百年の間、夜ごと夜ごとに、燈火をかかげて酒盛りをし、楽しくすごすことが第一である。
秋露は白くして玉の如く、 團團として庭綠に下る。
我が行 忽ち之を見、寒早くして 歳の促すを悲しむ。
人生 鳥の目を過ぎるがごとし、胡ぞそ乃ち 自ら結束する。
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景公 一に何ぞ愚かなる、牛山 涙 相い続ぐ。
物は足るを知らざるに苦しみ、隴を得て 又た 蜀を望む。
人心は 波瀾の若く、 世路には 屈曲有り。
三萬六千日、 夜夜當に燭を秉る。
『古風,五十九首之二十三』 現代語訳と訳註
(本文) #2
景公一何愚,牛山淚相續。
物苦不知足,得隴又望蜀。
人心若波瀾,世路有屈曲。
三萬六千日,夜夜當秉燭。
(下し文)
景公 一に何ぞ愚かなる、牛山 涙 相い続ぐ。
物は足るを知らざるに苦しみ、隴を得て 又た 蜀を望む。
人心は 波瀾の若く、 世路には 屈曲有り。
三萬六千日、 夜夜當に燭を秉る。
(現代語訳)
むかしの斉の景公は、牛山にのぼり美しい国土をながめ、人は死なねばならないという儒教の考えで自分を窮屈に検束していることを悲しく涙を流したというが、じつに何とおろかなことか。
そもそも人間社会が落ち着かず、争闘が絶えないのはもともと欲に限りがないので起るのであって、光武帝が行ったことのように既に隴を得ればまた蜀を望み、すべて生き歳往けるものは、決して足るということを知らないのである。
人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化、波瀾があるもの、世路はまっすぐなものはなくうねりくねって、ここを無事に通過することは容易ではないのである。
限りない欲望をもってこの難しい浮世にいたとして、果たして何の楽しみがあろうか、それよりも、この世間のことは、良い加減にしておいて、三万六千日、乃ち、生きている百年の間、夜ごと夜ごとに、燈火をかかげて酒盛りをし、楽しくすごすことが第一である。
(訳注)
古風,五十九首之二十三 #2
この詩は、(歳月というものは速く過ぎるものであるから、その時を満足できる日々を過ごすこと、行楽を事とすべしということを述べたものである。)
景公一何愚、牛山淚相續。
むかしの斉の景公は、牛山にのぼり美しい国土をながめ、、人は死なねばならないという儒教の考えで自分を窮屈に検束していることを悲しく涙を流したというが、じつに何とおろかなことか。
○景公二句 「列子」にある話。景公は、春秋時代の斉の景公、牛山は、斉の国都であった今の山東省臨淄県の、南にある山。 杜牧「九日齊山登高」 牛山何必獨霑衣。とある。この牛山に春秋・斉の景公が遊び、北の方にある都を望んで、涙を流して「どうして人はこんなにばたばたと死んでいくのか」と人の死を歎き、涙で濡らしたという。
これは儒教の考えをくだらないものとして比喩している。
物苦不知足、得隴又望蜀。
そもそも人間社会が落ち着かず、争闘が絶えないのはもともと欲に限りがないので起るのであって、光武帝が行ったことのように既に隴を得ればまた蜀を望み、すべて生き歳往けるものは、決して足るということを知らないのである。
○物苦二句「十八史略-東漢[世祖光武皇帝][岑彭]」の、光武帝が岑彭に与えた富に「人は足るを知らざるに苦しむ。既に隴を平らげて復た蜀を望む」とある。隴はいまの甘粛省隴西県の地。蜀はいまの四川省。物は人間。
人心若波瀾。 世路有屈曲。
人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化、波瀾があるもの、世路はまっすぐなものはなくうねりくねって、ここを無事に通過することは容易ではないのである。
○波瀾 大波、小波。起伏変化のさま。
○処世 世渡り。世間で暮らしを立ててゆくこと。(荘子)
三萬六千日。 夜夜當秉燭。
限りない欲望をもってこの難しい浮世にいたとして、果たして何の楽しみがあろうか、それよりも、この世間のことは、良い加減にしておいて、三万六千日、乃ち、生きている百年の間、夜ごと夜ごとに、燈火をかかげて酒盛りをし、楽しくすごすことが第一である。
〇三万六千日 百年の日数。李白お得意のわかりやす協調表現。詩の調子を激変させ集中させる効果がある。
○夜夜当秉燭 秉は、手で持つ。漢代の古詩十九首の言「生年は百に満たず。常に千歳の憂を懐く。昼は短く、夜の長きを苦しむ。何ぞ燭を秉って遊ばざる」とある。
この最後の句でこの詩の集約している。
李白の「贈銭徴君少陽」に秉燭唯須飲;燭を秉って唯須らく飲べし。
白玉一盃酒、緑楊三月時。
春風餘幾日、兩鬢各成絲。
秉燭唯須飲、投竿也未遲。
如逢渭水獵、猶可帝王師。
李白の「春夜桃李園に宴する序」にも、「浮生は夢のごとし。歓を為す幾何ぞ。古人、燭を秉りて夜遊ぶ。良に以あるなり」とある。
唐・李白
夫天地者,萬物之逆旅;
光陰者,百代之過客。
而浮生若夢,爲歡幾何?
古人秉燭夜遊,良有以也。
況陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
會桃李之芳園,序天倫之樂事。
群季俊秀,皆爲惠連。
吾人詠歌,獨慚康樂。
幽賞未已,高談轉清。
開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。
不有佳作,何伸雅懷?
如詩不成,罰依金谷酒數。
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李白の「贈銭徴君少陽」に秉燭唯須飲;燭を秉って唯須らく飲べし。
白玉一盃酒、緑楊三月時。
春風餘幾日、兩鬢各成絲。
秉燭唯須飲、投竿也未遲。
如逢渭水獵、猶可帝王師。
李白の「春夜桃李園に宴する序」にも、「浮生は夢のごとし。歓を為す幾何ぞ。古人、燭を秉りて夜遊ぶ。良に以あるなり」とある。
唐・李白
夫天地者,萬物之逆旅;
光陰者,百代之過客。
而浮生若夢,爲歡幾何?
古人秉燭夜遊,良有以也。
況陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
會桃李之芳園,序天倫之樂事。
群季俊秀,皆爲惠連。
吾人詠歌,獨慚康樂。
幽賞未已,高談轉清。
開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。
不有佳作,何伸雅懷?
如詩不成,罰依金谷酒數。
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この詩「古風 其二十三」は、秋になり、夜露が珠になり、やがて年の瀬に向かう。旅先での寂しさを詠いつつ、年老いていく自分を重ねている。ここでも儒教の礼節の強要を無意味なこと度とし、人生は一瞬ですぎていくのと同じである。欲を言い出したらきりがない。よい時も悪い時もある。曲がった道をまっすぐ歩けない、自然に、自由にすること。それには、毎日を楽しくすごさなければいけないのだ。
李白は儒教的な考えに徹底的に嫌気を持っていた。そのことは、逆に儒教的詩人たちの評価が低かったのも理解できる。
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