巻1 53 李太白集 《0153 古風五十九首之五十三》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 5566
- 2015/02/17
- 23:23
実際に田成子は斉の田常が宰相となって徒党を組んで、斉の政権をもっぱらにし、斉の安平以東の地を割いて、田氏の封邑とし、やがて、その君である簡公を弑し、曾孫の田和にいたって斉国をのっとり国王となった。これは、朝廷内の李林甫が朝廷を横暴化していることと同じで危ういことである。
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作年: 753年天寶十二年53歲
卷別: 卷一六一 文體: 五言古詩
詩題: 古風,五十九首之五十三
古風,五十九首之五十三
(この詩は詠史詩である。権勢であったものが下に移れば、人君の位置も危うく、ついに国家も滅亡するという意を逗露して、唐朝の失政(李林甫の横暴・玄宗の頽廃)を謗ったものである。)
戰國何紛紛,兵戈亂浮雲。
戦国はまことに紛々たる乱世であって戦争は絶え間なく、その勝敗は変化し、定まらないのは浮雲が乱れるようなものである。
趙倚兩虎鬥,晉為六卿分。
かくてまた、諸侯の国内において、権臣どもが互いに争っていた。趙には廉頗と藺相如とは「刎頸の交わり」として固い信頼感家となったが初めは、互いに争っていたし、晋には事実上、范氏・智氏・中行氏・趙氏・韓氏・魏氏の5氏6家系(中行氏と智氏は、元々同じ荀氏。また、韓氏のみ公族)の当主によって動かされ、とうとう分割されてしまった。
姦臣欲竊位,樹黨自相群。
そうすると、元来、奸臣が王位を竊(盗)もうとするときは、党を樹立して自然に軍団としてゆくのが常であるが、そうなると国王は、孤立してやがて造反され殺害されるということになる。
果然田成子,一旦殺齊君。
実際に田成子は斉の田常が宰相となって徒党を組んで、斉の政権をもっぱらにし、斉の安平以東の地を割いて、田氏の封邑とし、やがて、その君である簡公を弑し、曾孫の田和にいたって斉国をのっとり国王となった。これは、朝廷内の李林甫が朝廷を横暴化していることと同じで危ういことである。
(古風,五十九首の五十三)
戰國 何ぞ紛紛たり,兵戈 浮雲亂る。
趙 兩虎の鬥に倚り,晉 六卿の分と為す。
姦臣 位を竊まんと欲し,黨を樹てて 自ら相い群る。
果然とす 田成子,一旦 齊君を殺す。
『古風,五十九首之五十三』 現代語訳と訳註
(本文)
古風,五十九首之五十三
戰國何紛紛,兵戈亂浮雲。
趙倚兩虎鬥,晉為六卿分。
姦臣欲竊位,樹黨自相群。
果然田成子,一旦殺齊君。
(下し文)
(古風,五十九首の五十三)
戰國 何ぞ紛紛たり,兵戈 浮雲亂る。
趙 兩虎の鬥に倚り,晉 六卿の分と為す。
姦臣 位を竊まんと欲し,黨を樹てて 自ら相い群る。
果然とす 田成子,一旦 齊君を殺す。
(現代語訳)
(この詩は詠史詩である。権勢であったものが下に移れば、人君の位置も危うく、ついに国家も滅亡するという意を逗露して、唐朝の失政(李林甫の横暴・玄宗の頽廃)を謗ったものである。)
戦国はまことに紛々たる乱世であって戦争は絶え間なく、その勝敗は変化し、定まらないのは浮雲が乱れるようなものである。
かくてまた、諸侯の国内において、権臣どもが互いに争っていた。趙には廉頗と藺相如とは「刎頸の交わり」として固い信頼感家となったが初めは、互いに争っていたし、晋には事実上、范氏・智氏・中行氏・趙氏・韓氏・魏氏の5氏6家系(中行氏と智氏は、元々同じ荀氏。また、韓氏のみ公族)の当主によって動かされ、とうとう分割されてしまった。
そうすると、元来、奸臣が王位を竊(盗)もうとするときは、党を樹立して自然に軍団としてゆくのが常であるが、そうなると国王は、孤立してやがて造反され殺害されるということになる。
実際に田成子は斉の田常が宰相となって徒党を組んで、斉の政権をもっぱらにし、斉の安平以東の地を割いて、田氏の封邑とし、やがて、その君である簡公を弑し、曾孫の田和にいたって斉国をのっとり国王となった。これは、朝廷内の李林甫が朝廷を横暴化していることと同じで危ういことである。
(訳注)
古風,五十九首之五十三
(この詩は詠史詩である。権勢であったものが下に移れば、人君の位置も危うく、ついに国家も滅亡するという意を逗露して、唐朝の失政(李林甫の横暴・玄宗の頽廃)を謗ったものである。)
古風とは古体の詩というほどのことで、漢魏の間に完成した五言古詩の継承を目指すものである。諸篇は一時の作でなく、折にふれて作られた無題の詩を後から編集し、李白の生き方を述べたものである。
戰國何紛紛,兵戈亂浮雲。
戦国はまことに紛々たる乱世であって戦争は絶え間なく、その勝敗は変化し、定まらないのは浮雲が乱れるようなものである。
趙倚兩虎鬥,晉為六卿分。
かくてまた、諸侯の国内において、権臣どもが互いに争っていた。趙には廉頗と藺相如とは「刎頸の交わり」として固い信頼感家となったが初めは、互いに争っていたし、晋には事実上、范氏・智氏・中行氏・趙氏・韓氏・魏氏の5氏6家系(中行氏と智氏は、元々同じ荀氏。また、韓氏のみ公族)の当主によって動かされ、とうとう分割されてしまった。
兩虎鬥 廉頗と藺相如とは「刎頸の交わり」として固い信頼感家となったが初めは、互いに争っていた。「刎頸の交わり」(ふんけい の まじわり)は中国の戦国時代に趙で活躍した藺相如と廉頗が残した故事。「刎頸の友」ともいう。『史記』原文には「刎頸(之)交」とある。「お互いに首を斬られても後悔しないような仲」という成語として用いられる。
晉為六卿分 春秋末期、晋は事実上、范氏・智氏・中行氏・趙氏・韓氏・魏氏の5氏6家系(中行氏と智氏は、元々同じ荀氏。また、韓氏のみ公族)の当主によって動かされるようになった。この6家系は他の有力大夫を排除して、六卿を世襲するようになっていた。さらに出公のときに范氏、中行氏の領地を智、趙、韓、魏氏が分割しようとしたため、出公は怒り、斉や魯と同盟して四氏を討とうとしたが失敗し、斉へ亡命しようとしてその途中で亡くなったために(紀元前457年)、晋室は全く力を失った。
姦臣欲竊位,樹黨自相群。
そうすると、元来、奸臣が王位を竊(盗)もうとするときは、党を樹立して自然に軍団としてゆくのが常であるが、そうなると国王は、孤立してやがて造反され殺害されるということになる。
果然田成子,一旦殺齊君。
実際に田成子は斉の田常が宰相となって徒党を組んで、斉の政権をもっぱらにし、斉の安平以東の地を割いて、田氏の封邑とし、やがて、その君である簡公を弑し、曾孫の田和にいたって斉国をのっとり国王となった。これは、朝廷内の李林甫が朝廷を横暴化していることと同じで危ういことである。
田成子 〔田氏、斉をのっとる〕申午の日に、田常は、簡公を徐州で殺して、簡公の弟のゴウを立てた。これが平公である。平公が即位すると、田常が宰相となって斉の政権をもっぱらにし、斉の安平以東の地を割いて、田氏の封邑とした。
平公の八年に、越が呉を滅ぼした。二十五年に、平公が死んだ。その子の宣公積が立った。宣公は五十一年に死んだ。その子の康公貸が立った。田会がリン丘で反乱を起こした。康公の二年に、韓・魏・趙が、はじめて諸侯に列した。十九年に、田常の曾孫の田和がはじめて諸侯となり、康公を海浜に遷した。二十六年に、康公が死んだ。かくて、呂氏はついに宗廟の祭祀を絶った。田氏が斉国をのっとり、威王(田和の孫)にいたって、天下の強国となった。
齊君 齊の簡公。
史記・齊世家「鴟夷子皮事田成子。田成子去齊,走而之燕,鴟夷子皮負傳而從。至望邑,子皮曰:“子獨不聞涸澤之蛇乎?澤涸,蛇將徙。有小蛇謂大蛇曰:'子行而我隨之,人以為蛇之行者耳,必有殺子者。子不如相銜負我以行,人必以我為神君也。
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