柳枝五首有序 李商隠
- 2011/12/27
- 21:16
柳枝五首有序 李商隠
柳枝五首 有序
柳枝,洛中里孃也。父饒好賈,風波死于湖上。其母不念他兒子,獨念柳枝。生十七年,塗裝綰髻,未嘗竟,已復起去,吹葉嚼蕊,調絲擫管,作天海風濤之曲,幽憶怨斷之音。居其旁,與其家接故往來者,聞十年尚相與,疑其醉眠夢物斷不娉。與從昆讓山,比柳枝居為近。
他日春曾陰,讓山下馬柳枝南柳下,詠余燕臺詩,柳枝驚問:“誰人有此?誰人為是?”讓山謂曰:“此吾里中少年叔耳。”柳枝手斷長帶,結讓山為贈叔乞詩。明日,余比馬出其巷,柳枝丫環畢妝,抱立扇下,風鄣一袖,指曰:“若叔是?後三日,鄰當去濺裙水上,以博山香待,與郎俱過。”
余諾之。會所友偕當詣京師者,戯盜余臥裝以先,不果留。雪中讓山至,且曰:“為東諸侯娶去矣。”明年,讓山復東,相背于戯上,因寓詩以墨其故処云。
柳枝五首 有序
柳枝は、洛中の里の娘なり。父饒かにして賈を好くするも、風波に湖上に死す。其の母 他の児子を念わず、独り柳枝を念う。生まれて十七年、塗裝綰髻(としょうわんけい)、末だ嘗て竟らず、巳にして復た起ち去き、葉を吹き蕊を噛む。糸を調え管を擫え、天海風涛の曲、幽憶怨断の音を作る。其の傍に居り、其の家と揖故往来する者聞くこと十年なるも、尚お相い与に其の酔眠夢物かと疑いて断って贈らず。余の従昆譲山、柳枝の居に比びて近しと為す。
他日 春の曾陰に、譲山は馬を柳枝の南柳の下に下り、余の燕台の詩を詠ず。柳枝驚きて問う、誰が人か此れ看る、誰が人か足れを為る、と。譲山謂いて日く、此れ吾が里中の少年叔のみ、と。柳枝手づから長帯を断ち、譲山に結びて為に叔に贈りて詩を乞う。明日、余は馬を比べて其の巷を出ず。柳枝は丫環(あかん)して妝を畢(お)え、抱きて扇下に立ち、風 一袖に障(さえぎ)らる。指して目く、若し 叔 是れなるか、後三日にして隣は当に去きて裙を水上に濺(そそ)ぐべし、博山の香を以て待つ、郎と供に過ぎらん、と。
余 之を諾す。会(たま)たま友とする所の偕に当に京師に詣るべき老有り、戯れに余が臥装を盗みて以て先んじ、留まるを果たせず。雪中に譲山至り、且つ日く、東の諸侯取り去れり、と。明年、譲山復た東し、戯上に相い背にす。困りて詩を寓せて以て其の故の処に墨せしむと云う。
(現代語訳)
柳枝は洛陽の町のむすめである。父は豊かな商人であったが、嵐に巻き込まれて湖で亡くなった。
母はほかの子供は念頭になく、ただ柳枝だけをかわいがった。
十七歳になっている、おしろいを塗ったり髪をたばねたりしている、そんなふうのままに、そして外に出て行ったのだ、草の葉を吹いたり花蕊を口に噛んだり無邪気に興じている、琴や笛を操って、空の風、海の波のような壮大な曲、あるいはまた忍びやかな、消え入りそうな曲を奏でているのだ。
その住まいのそばにいる、彼女の家とのつきあっているものがいる、十年来うわさを聞いている人たちでも、だれもが酔時の夢のようにつかみどころがない女だと思って、嫁に取ろうとする者はついぞなかった。
わたしのいとこの譲山は、柳枝の家の近くに住んでいた。
ある春の重く曇った日、譲山は柳枝の家の南の柳に馬を繋いだ、わたしの「燕台の詩」を口ずさんでいる。
柳枝がびっくりして尋ねてきた。
「今口ずさんだ詩はどなたのものですか?この詩はどなたが作られたのですか?」と。
譲山は答えた。
「これはわたしの里の若いいとこの作だ」と。
柳枝は自分の手で長い帯を断ち切った、結び目をして、あなたのいとこに贈ってこれに詩を書いてほしいと譲山に頼んだのだ。
明けての日、わたしは譲山と馬を並べて小路を出ると、柳枝は髪を結ってすっかりおめかしし、扉の前で両腕を重ねて、片袖が風に揺れていた。
わたしに向かって言ってきた。
「いとこの方でしょうか。三日後に、隣のもののわたしは水辺に参って禊ぎをいたします。博山の香炉をもってお待ちしますから、あなたもご一緒しましょう」と。
わたしは承諾した。しかしたまたま一緒に都へ行くことになっていた友人がいるのだが、ふざけてわたしの旅の荷物を先にこっそり持っていってしまった、これ以上逗留することができなくなってしまったのだ。
明けて翌年、譲山はまた東都に行くことになったので、戯水のほとりで別れを告げた。そしてこの詩を托して彼女の棲んでいた居宅に書き付けるように頼んだ。
雪の降るなかを譲山がやってきて、こういった
「柳枝は東方の諸侯に連れていかれてしまった」と。
(訳注)
柳枝,洛中里孃也。父饒好賈,風波死于湖上。
柳枝は洛陽の町のむすめである。父は豊かな商人であったが、嵐に巻き込まれて湖で亡くなった。
其母不念他兒子,獨念柳枝。
母はほかの子供は念頭になく、ただ柳枝だけをかわいがった。
生十七年,塗裝綰髻,未嘗竟,已復起去,吹葉嚼蕊,調絲擫管,作天海風濤之曲,幽憶怨斷之音。
十七歳になっている、おしろいを塗ったり髪をたばねたりしている、そんなふうのままに、そして外に出て行ったのだ、草の葉を吹いたり花蕊を口に噛んだり無邪気に興じている、琴や笛を操って、空の風、海の波のような壮大な曲、あるいはまた忍びやかな、消え入りそうな曲を奏でているのだ。
○塗裝綰髻 お化粧して髪を結う。・塗:おしろいを塗る。・綰:まるく結ぶ。・髻:もとどり。○未嘗責 きちんと最後まで(お化粧を)しない。○吹葉嚼蕊 葉を吹き鳴らし花の蕊を噂むとは、子供の遊びをいうか。年頃になってもおめかしに興味がない少女を描く。○調絲擫管 ・糸:弦楽器、・管:管楽器。・調:調律する、演奏する。・擫:は穴を指で押さえること。○作天海風涛之曲、幽憶怨断之音 ・天海風涛:「天風海溝」の意。人自然の音を写したような雄大な曲。・幽憶怨断之音:それと反対に、秘やかな思いをこめて消え入るような哀愁に満ちた曲。
居其旁,與其家接故往來者,聞十年尚相與,疑其醉眠夢物斷不娉。
その住まいのそばにいる、彼女の家とのつきあっているものがいる、十年来うわさを聞いている人たちでも、だれもが酔時の夢のようにつかみどころがない女だと思って、嫁に取ろうとする者はついぞなかった。
○接故往來 近所づきあいをする。○酔眼夢物 尋常の少女と異なる柳枝は、周囲の人から見ると酔って眠った夢の中のようにわけがわからないことをいうか。
與從昆讓山,比柳枝居為近。
わたしのいとこの譲山は、柳枝の家の近くに住んでいた。
○従昆譲山 ・従昆:いとこ。・譲山:その字名。
他日春曾陰,讓山下馬柳枝南柳下,詠余燕臺詩,
ある春の重く曇った日、譲山は柳枝の家の南の柳に馬を繋いだ、わたしの「燕台の詩」を口ずさんでいる。
○曾陰 雲が厚く重なる。「曾」 はかさなる。○余燕台詩 李商隠の「燕台詩四首」(12月10日頃掲載予定)を指す。
柳枝驚問:“誰人有此?誰人為是?”
すると柳枝がびっくりして尋ねてきた。
「今口ずさんだ詩はどなたのものですか?この詩はどなたが作られたのですか?」。と。
讓山謂曰:“此吾里中少年叔耳。”
譲山は答えた。
「これはわたしの里の若いいとこの作だ」と。
○少年叔 年少のいとこ。
柳枝手斷長帶,結讓山為贈叔乞詩。
柳枝は自分の手で長い帯を断ち切った、結び目をして、あなたのいとこに贈ってこれに詩を書いてほしいと譲山に頼んだのだ。
○手断長帯 帯に詩を書いてもらうために手で帯を裂く。○結 帯に結び目を作って約束や願い事をする。
明日,余比馬出其巷,柳枝丫環畢妝,抱立扇下,風鄣一袖,
明けての日、わたしは譲山と馬を並べて小路を出ると、柳枝は髪を結ってすっかりおめかしし、扉の前で両腕を重ねて、片袖が風に揺れていた。
○巷 道路から奥まった小路。○丫環 あげまき。若いむすめの髪型。○畢粧 完全にお化粧する。先にお化粧もろくにしないで外に遊びに出たというのと対比をなす。○抱立扇下 ・抱:抱くように両腕を重ねる。・扇:扉。
指曰:“若叔是?後三日,鄰當去濺裙水上,以博山香待,與郎俱過。”
わたしに向かって言ってきた。
「いとこの方でしょうか。三日後に、隣のもののわたしは水辺に参って禊ぎをいたします。博山の香炉をもってお待ちしますから、あなたもご一緒しましょう」と。
○隣 近所の者、という言い方で、柳枝は自分を称したのだ。○瀬袴水上 水辺で衣服を洗い、清めの酒をそそぎ無病息災を祈る民間行事。女性が外出できる数少ない機会でもあった。○博山香 「博山」という仙山のかたちをした香炉
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余諾之。會所友偕當詣京師者,戯盜余臥裝以先,不果留。
わたしは承諾した。しかしたまたま一緒に都へ行くことになっていた友人がいるのだが、ふざけてわたしの旅の荷物を先にこっそり持っていってしまった、これ以上逗留することができなくなってしまったのだ。
○臥装 寝具。旅には寝具も携帯した。
明年,讓山復東,相背于戯上,因寓詩以墨其故処云。
明けて翌年、譲山はまた東都に行くことになったので、戯水のほとりで別れを告げた。そしてこの詩を托して彼女の棲んでいた居宅に書き付けるように頼んだ。
○相背 背中を向け合うことから別れることをいう。○戯上 戯水のほとり。戯水は陝西省臨潼県の南、驪山に発し、渭水に流れ込む。長安の東30km位のところ。
雪中讓山至,且曰:“為東諸侯娶去矣。”
雪の降るなかを譲山がやってきて、こういった
「柳枝は東方の諸侯に連れていかれてしまった」と。
陝西省臨潼県戯水
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