燕臺詩四首 其三 秋 李商隠
- 2012/01/03
- 17:55
燕臺詩四首 其三 秋 李商隠
其三 秋
月浪衡天天宇濕,涼蟾落盡疏星入。
月の光が江の上にかかり、北斗七星の第五星「玉衡」は、天空を濡らしている。そうしていると秋の月は沈んでしまった、夜の明けきらぬ早朝の内に宮中に入る。
雲屏不動掩孤嚬,西樓一夜風箏急。」
雲母の屏風がある、身じろぎもせず、口などをゆがめ、眉をひそめた顔に包まれた。そしてその夜の間西の高楼台に、風雲急を告げる凧があげられた。
欲織相思花寄遠,終日相思卻相怨。
相思樹の花を織り込んで遠くのあの人に送りたいけれど、一日中織り込んでいて思い続ければ、かえって怨みが募る。
但聞北斗聲回環,不見長河水清淺。」
今はただ聞こえてくるのは天子の座を示す北斗星あり、その周りを玉環の魂や、天牢六星が冤魄をともなって回っている、悲しみの声がするのだ、これだけ多くの行きたいという魂が多いと天の川が渡れるほど浅くなっているのは見たことがないだろう。
金魚鎖斷紅桂春,古時塵滿鴛鴦茵。
黄金の魚型の錠前が鎖されて金木犀の咲きほこった庭にだれもいない、かつて伴にした鴛鴦の褥には塵が厚く積もっている。
堪悲小苑作長道,玉樹未憐亡國人。』-#1
悲しみを耐えていたあの宮殿の中庭が今では大通りに変わってしまったのだ。陳の後主は「玉樹後庭歌」のように宮女ばかりにかまけて国を亡ぼした人に憐れを覚えるはずがない。
瑤琴愔愔藏楚弄,越羅冷薄金泥重。
簾鉤鸚鵡夜驚霜,喚起南雲繞雲夢。」
璫璫丁丁聯尺素,內記湘川相識處。
歌唇一世銜雨看,可惜馨香手中故。』-#2
入。急。」/遠,怨。淺。」/春,茵。人。』/弄,重。夢。/素,處。故。』
其の三 秋
月浪(げつろう) 衡天(こうてん) 天宇(てんう)湿る、涼蟾(りょせん) 落ち盡(つく)して 疏星(そせい)に入る。
雲屏は不動かず 孤嚬(こひん)を掩う,西樓 一夜 風箏 急なり。」
相思の花を織り 遠くに寄せんと欲するも、終日 相思 却って相怨なる。
但 北斗 廻環する声を聞き、長河 水 清浅 を見(おぼえ)ず。
金魚の鎖は断つ 紅桂の春、古時の塵は満つ 鴛鴦(えんおう)の茵(しとね)。
悲しむに堪えん小苑 長道と作る,玉樹未だ憐まず 亡国の人。』-#1
揺瑟(ようしつ)愔愔として楚弄(そろう)藏す,越羅冷薄にして金泥は重し。
簾鉤(ちょうら)鸚鵡(おうむ) 夜 霜に驚き,喚び起こす 南雲 雲夢(うんぼう)を繞(めぐ) るを。」
璫璫(とうとう)丁丁(ちょうちょう) 尺素に聯(つら)なる,內には記(しる)す 湘川(しょうせん) 相 識る處。
歌唇 一世 雨を銜(ふく)みて看ん,惜むべし 馨香(けいこう) 手中に故(ふる)びたり。」
燕臺詩四首 其三 現代語訳と訳註
(本文) 秋-#1
月浪衡天天宇濕,涼蟾落盡疏星入。
雲屏不動掩孤嚬,西樓一夜風箏急。」
欲織相思花寄遠,終日相思卻相怨。
但聞北斗聲回環,不見長河水清淺。」
金魚鎖斷紅桂春,古時塵滿鴛鴦茵。
堪悲小苑作長道,玉樹未憐亡國人。』-#1
(下し文)
月浪(げつろう) 衡天(こうてん) 天宇(てんう)湿る、涼蟾(りょせん) 落ち盡(つく)して 疏星(そせい)に入る。
雲屏は不動かず 孤嚬(こひん)を掩う,西樓 一夜 風箏 急なり。」
相思の花を織り 遠くに寄せんと欲するも、終日 相思 却って相怨なる。
但 北斗 廻環する声を聞き、長河 水 清浅 を見(おぼえ)ず。
金魚の鎖は断つ 紅桂の春、古時の塵は満つ 鴛鴦(えんおう)の茵(しとね)。
悲しむに堪えん小苑 長道と作る,玉樹未だ憐まず 亡国の人。』-#1
(現代語訳)
月の光が江の上にかかり、北斗七星の第五星「玉衡」は、天空を濡らしている。そうしていると秋の月は沈んでしまった、夜の明けきらぬ早朝の内に宮中に入る。
雲母の屏風がある、身じろぎもせず、口などをゆがめ、眉をひそめた顔に包まれた。そしてその夜の間西の高楼台に、風雲急を告げる凧があげられた。
相思樹の花を織り込んで遠くのあの人に送りたいけれど、一日中織り込んでいて思い続ければ、かえって怨みが募る。
今はただ聞こえてくるのは天子の座を示す北斗星あり、その周りを玉環の魂や、天牢六星が冤魄をともなって回っている、悲しみの声がするのだ、これだけ多くの行きたいという魂が多いと天の川が渡れるほど浅くなっているのは見たことがないだろう。
黄金の魚型の錠前が鎖されて金木犀の咲きほこった庭にだれもいない、かつて伴にした鴛鴦の褥には塵が厚く積もっている。
悲しみを耐えていたあの宮殿の中庭が今では大通りに変わってしまったのだ。陳の後主は「玉樹後庭歌」のように宮女ばかりにかまけて国を亡ぼした人に憐れを覚えるはずがない。
(訳注) 秋のうた#1
太和9年11月晩秋、「甘露の変」「楊貴妃」「陳の後主」
月浪衡天天宇濕,涼蟾落盡疏星入。
月の光が江の上にかかり、北斗七星の第五星「玉衡」は、天空を濡らしている。そうしていると秋の月は沈んでしまった、夜の明けきらぬ早朝の内に宮中に入る。
〇月浪 月の光が江の上にかかる。李商隠「贈劉司戸蕡」*-1参照 を連想させる。
○衡天 北斗七星の第五星は玉衡を示すもの。王座ののこと。○天宇 天空。西普・左思「魂都賦」(『文選』巻六)に「天宇骸き、地塵驚く」。○涼蟾 秋の月をいう。月のなかには轄蛤(ひきがえる)がいると考えられたことから、「蟾」は月の別称に用いられる。○疏星 まばらな星。夜の明けきらぬ早朝。宮中で臣下を集めて催す行事朝礼。
*李商隠は首聯が詩題の舞台、この詩の舞台設定をあらわすように使用している。この朝礼で、「瑞兆として甘露が降った」と上奏し、宦官が確認に行くのでその時、宦官を一網打尽にするという策略を示す
雲屏不動掩孤嚬,西樓一夜風箏急。」
雲母の屏風がある、身じろぎもせず、口などをゆがめ、眉をひそめた顔に包まれた。そしてその夜の間、西の高楼台(鳳翔)に、風雲急を告げる凧があげられた。
○雲屏 雲母の屍風。「常蛾」詩参照。
雲母屏風燭影深、長河漸落暁星沈。
嫦娥應悔倫塞薬、碧海青天夜夜心。
西亭 李商隠30 西亭に関する新解釈
○孤噸 ひとり、眉をひそめた顔。嚬:ひそむ=顰む. 1 口などがゆがむ。2 べそをかく。○西樓 鄭注が鳳翔より兵を率いて粛清する予定であったことをしめす。○風箏 凧のこと。客家の八角風箏と呼ばれる凧。
欲織相思花寄遠,終日相思卻相怨。
相思樹の花を織り込んで遠くのあの人に送りたいけれど、一日中織り込んでいて思い続ければ、かえって怨みが募る。
○相思花 相思樹の花。相思樹は蝿蝶鶏麝鸞鳳等 成篇 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-84(蝿蝶鶏蔚鸞鳳等もて篇を成す)詩注参照。
蝿蝶鶏蔚鸞鳳等成篇
韓蝶翻羅幕、曹蝿沸給囱。
闘鶏廻玉勒、融麝暖金紅。
玳瑁明書閣、琉璃冰酒缸。
畫樓多有主、鸞鳳各雙雙。
但聞北斗聲回環,不見長河水清淺。」
今はただ聞こえてくるのは天子の座を示す北斗星あり、その周りを玉環の魂や、天牢六星が冤魄をともなって回っている、悲しみの声がするのだ、これだけ多くの行きたいという魂が多いと天の川が渡れるほど浅くなっているのは見たことがないだろう。
○聲回環 北斗星が北極星のまわりを回る。廻環は死んだ楊貴妃(玉環)が回る。 また、天牢六星が冤魄をともなって回っている。 *-2
○長河水清淺 牽牛と織女が天の川を隔てて見つめ合い、「河漢清くして且つ浅し、相い去ること復た幾許ぞ」と、すぐそこにあって水かさも浅いのに渡れないという思いをうたうが、ここでも男女を隔てる川を渡るすべもないことをいうが、冤魄うずまき、水深が浅くなったことをいう。
金魚鎖斷紅桂春,古時塵滿鴛鴦茵。
黄金の魚型の錠前が鎖されて金木犀の咲きほこった庭にだれもいない、かつて伴にした鴛鴦の褥には塵が厚く積もっている。
○金魚鎖斷 「金魚」は金色に輝く魚のかたちをした錠前。○紅桂春 紅桂は丹桂、キンモクセイで秋の季語。春は回春の情をいう。○古時 陳の後宮、かつての時。「鴛鴦薗」はおしどりの刺繍をほどこしたしとね。会わなくなって久しいことをいう。河内詩二首
堪悲小苑作長道,玉樹未憐亡國人。』
悲しみを耐えていたあの宮殿の中庭が今では大通りに変わってしまったのだ。陳の後主は「玉樹後庭歌」のように宮女ばかりにかまけて国を亡ぼした人に憐れを覚えるはずがない。
○堪悲小苑 悲しみを知っている、ともに過ごした思い出のある宮殿の庭が、今では人の行き交う道になってしまっている。○玉樹 「玉樹」は歓楽に溺れ国を亡ぼした陳の後主が作った「玉樹後庭歌」。「南朝(玄武湖中)」南朝(梁・元帝) 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 47南 朝 (南斉の武帝と陳の後主)李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 46(宋・南斉・陳の宮廷における逸楽を繰り広げるが、この「南朝」詩は梁を舞台とする。)
また隋宮 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 49
----- *-1 *-2 --------------------------------
*-1 贈劉司戸蕡
江風揚浪動雲根、重碇危檣白日昏。
已断燕鴻初起勢、更驚騒客後歸魂。
漢廷急詔誰先入、楚路高歌自欲翻。
寓里相逢歓復泣、鳳巣西隔九重門。
はげしく大江を吹く風は、波を措きあげ、遠く水平線で水と接する雲の裾も、その波に揺れ動く。舟の重量しい錨、高い帆柱も、ものすさまじい風に翻弄されて真昼にもなおうす暗い危険な船旅に託するようにして去っていった。
ふるさとの燕の国から飛び立たんとしたその鴻の初めの威勢よい翼も、陰険な世の風にへし折られてしまった。その上、更に南の柳州に追いやる命令がきて、昔、むなしく南方にとどまっていつまでも都へ帰れなかった屈原の亡魂を、驚かすというようなことになった。宦官の巣食った漢の朝廷でも、いや唐の朝廷は一体誰を呼び戻そうとするのだろう。
誰よりも先に、漢の孝文帝が賈誼をよび戻したように、よび戻す人物は君であるはずだ。都を離れた楚の地方から柳州まで行く道すがら、かつて接輿がいつわり狂ってそうしたように、ただひとり声高らかに歌う君の声が風にひるがえり大空に飛び散ることだろう。
万里の彼方で、偶然めぐり会って涙ながらに歓んだのに、また万里の僻地に別離の涙を流している。天子を宦官たちに取り巻かれた朝廷は、もはや無縁のものとして遙か西の方に隔絶されてしまった。その九重の門によって閉ざしてしまった。
*-2
○天牢鎖冤魄 古代中国には、「太陽星」「太陰星」「先天五行星」「九宫星」「黄道十二守護星」「南斗七星」「北斗七星」「二十八宿群星」「天罡三十六星」「地煞七十二星」「三百六十五大周天星斗」および十万八千の副星によって天(宇宙)が形成されている、という考えがあった。それぞれの星に神がいて名前を持っている、とされており、当然「天罡三十六星」「地煞七十二星」にも名前がある。天罡星のひとつに天牢星がある。『晋書』天文志に「天牢六星は北斗の魁(星の名)の下に在り、貴人の牢なり」。・冤塊は本来無実の罪で死んだ人の魂。非業の死を遂げた者の魂。張飛は配下の武将の手によって業半ばで殺された、また、全戦全勝の武将であるのに身分差別に不当な仕打ちを受けたことが李商隠と重なる。死んだのちに劉備に報いた話もある。
李商隠 無 題
萬里風波一葉舟、憶歸初罷更夷猶。
碧江地没元相引、黄鶴沙邊亦少留。
益徳冤魂終報主、阿童高義鎮横秋。
人生豈得長無謂、懐古思郷共白頭。
燕臺詩四首 其一
春#1
風光冉冉東西陌,幾日嬌魂尋不得。
蜜房羽客類芳心,冶葉倡條遍相識。』
暖藹輝遲桃樹西,高鬟立共桃鬟齊。
雄龍雌鳳杳何許?絮亂絲繁天亦迷。』
醉起微陽若初曙,映簾夢斷聞殘語。
愁將鐵網罥珊瑚,海闊天寬迷處所。』
衣帶無情有寬窄,春煙自碧秋霜白。
研丹擘石天不知,願得天牢鎖冤魄。』
夾羅委篋單綃起,香肌冷襯琤琤珮。
今日東風自不勝,化作幽光入西海。』
其三 秋 -#2
月浪衡天天宇濕,涼蟾落盡疏星入。
雲屏不動掩孤嚬,西樓一夜風箏急。」
欲織相思花寄遠,終日相思卻相怨。
但聞北斗聲回環,不見長河水清淺。」
金魚鎖斷紅桂春,古時塵滿鴛鴦茵。
堪悲小苑作長道,玉樹未憐亡國人。』
瑤琴愔愔藏楚弄,越羅冷薄金泥重。
湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓(ひ)く、玉の琴は愔愔と静かな調べに楚の国の響きを籠められている、越のうすぎぬは秋の冷さのなかで透き通り金泥の模様は重厚なものなのだ。
簾鉤鸚鵡夜驚霜,喚起南雲繞雲夢。」
すだれの鉤のような月の夜、鸚鵡は夜の霜の降りる寒さに驚いた、思い起こすのは、南の雲のもと、仙人に招かれ雲夢の沢をめぐった日々もあった。
璫璫丁丁聯尺素,內記湘川相識處。
湘霊が奏でる五十舷の瑟のしらべ、耳飾りの音もかすかに響いてくる、耳飾りを手紙に結び、そこに瀟湘のあたりで知り合った時のことを綴る。
歌唇一世銜雨看,可惜馨香手中故。』
口ずさむ歌、いつまでも涙ながらに読み続けることだろう。しかし無念にも手紙にかき込められた香は、手のなかでしだいに失せていくのだ。
入。急。」/遠,怨。淺。」/春,茵。人。』/弄,重。夢。/素,處。故。』
其の三 秋
月浪(げつろう) 天を衡(う)ち 天宇(てんう)湿る、涼蟾(りょせん) 落ち盡くして疏星(そせい)入る。
雲屏は不動かず 孤嚬(こひん)を掩う,西樓 一夜 風箏 急なり。」
相思の花を織りて遠くに寄せんと欲するも、終日相い思えば却って相い怨む。
但だ北斗の声の廻環するを聞き、長河の水の清浅なるを見ず。
金魚の鎖は断つ 紅桂の春、古時の塵は満つ 鴛鴦(えんおう)の茵(しとね)。
悲しむに堪えん小苑 長道と作るを,玉樹未だ憐まず 亡国の人。』
揺瑟(ようしつ)愔愔(いんいん)として楚弄(そろう)藏す,越羅(えつら)冷薄にして金泥は重し。
簾鉤(れんこう)鸚鵡(おうむ) 夜 霜に驚き,喚び起こす 南雲 雲夢(うんぼう)を繞(めぐ) るを。」
璫璫(とうとう)丁丁(ちょうちょう) 尺素に聯(つら)なる,內には記(しる)す 湘川(しょうせん) 相 識る處。
歌唇 一世 雨を銜(ふく)みて看ん,惜むべし 馨香(けいこう) 手中に故(ふる)びたり。」
燕臺詩四首 其三 秋#2 現代語訳と訳註
(本文) 其三 秋-#2
瑤琴愔愔藏楚弄,越羅冷薄金泥重。
簾鉤鸚鵡夜驚霜,喚起南雲繞雲夢。」
璫璫丁丁聯尺素,內記湘川相識處。
歌唇一世銜雨看,可惜馨香手中故。』
(下し文) 其の三 秋-#2
揺瑟(ようしつ)愔愔(いんいん)として楚弄(そろう)藏す,越羅(えつら)冷薄にして金泥は重し。
簾鉤(れんこう)鸚鵡(おうむ) 夜 霜に驚き,喚び起こす 南雲 雲夢(うんぼう)を繞(めぐ) るを。」
璫璫(とうとう)丁丁(ちょうちょう) 尺素に聯(つら)なる,內には記(しる)す 湘川(しょうせん) 相 識る處。
歌唇 一世 雨を銜(ふく)みて看ん,惜むべし 馨香(けいこう) 手中に故(ふる)びたり。」
(現代語訳)
湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓(ひ)く、玉の琴は愔愔と静かな調べに楚の国の響きを籠められている、越のうすぎぬは秋の冷さのなかで透き通り金泥の模様は重厚なものなのだ。
すだれの鉤のような月の夜、鸚鵡は夜の霜の降りる寒さに驚いた、思い起こすのは、南の雲のもと、仙人に招かれ雲夢の沢をめぐった日々もあった。
湘霊が奏でる五十舷の瑟のしらべ、耳飾りの音もかすかに響いてくる、耳飾りを手紙に結び、そこに瀟湘のあたりで知り合った時のことを綴る。
口ずさむ歌、いつまでも涙ながらに読み続けることだろう。しかし無念にも手紙にかき込められた香は、手のなかでしだいに失せていくのだ。
(訳注) 秋のうた#2
瑤琴愔愔藏楚弄,越羅冷薄金泥重。
湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓(ひ)く、玉の琴は愔愔と静かな調べに楚の国の響きを籠められている、越のうすぎぬは秋の冷さのなかで透き通り金泥の模様は重厚なものなのだ。
○瑤琴 玉で装飾した瑟。美しい玉。また、玉のように美しい。湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓くという古伝説○愔愔 穏やかな音の形容。『左氏伝』昭公十二年に「其の詩に目く、祈招の愔愔たる、式て徳音を昭らかにす」。○楚弄 楚の国の曲。「弄」は演奏することから楽曲をいう。○越羅 越の国の羅(薄い絹織物)は蜀の錦とならぶ名品とされた。○金泥 金の顔料。金泥で羅の衣に図案を描く。
涙 李商隠
(劉蕡・賈誼について)
簾鉤鸚鵡夜驚霜,喚起南雲繞雲夢。」
すだれの鉤のような月の夜、鸚鵡は夜の霜の降りる寒さに驚いた、思い起こすのは、南の雲のもと、仙人に招かれ雲夢の沢をめぐった日々もあった。
○南雲 南の空の雲。遠く南方にいる親しい人を思う気持ちをあらわす。西晋・陸機「親を思う賦」 に「南雲を指して款を寄す」。○雲夢 雲夢の沢。夢澤 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-72 (楚王の戦争への負担、豪奢、趣向などによる人民の苦しみを与えたことへ批判したものである。)
七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作 李商隠 : 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-79
璫璫丁丁聯尺素,內記湘川相識處。
湘霊が奏でる五十舷の瑟のしらべ、耳飾りの音もかすかに響いてくる、耳飾りを手紙に結び、そこに瀟湘のあたりで知り合った時のことを綴る。
○璫璫 一対の耳飾り。○丁丁 玉が触れ合う音。○尺素 手紙をいう詩語。長さ一尺のしろぎぬに書いたので尺素という。古楽府「飲馬長城窟行」に「児を呼びて鯉魚を君れば、中に尺素の書有り」。○湘川相識処 湘水のあたりで知り合った時のこと。
参照 李商隠「潭州」、「涙」
歌唇一世銜雨看,可惜馨香手中故。」
口ずさむ歌、いつまでも涙ながらに読み続けることだろう。しかし無念にも手紙にかき込められた香は、手のなかでしだいに失せていくのだ。
○歌唇一世 手紙の歌をいつまでも口ずさみながら読む。「一生」はいつまでも。○馨香 ここでは箋紙に付いた香り。二人の恋が過去のものとなっていくことを象徴する。正当な発言も時とともに色あせ、忘れ去られていく。○手中故
(解説)
○詩型・押韻 七言古詩。
○押韻 入。急。」/遠,怨。淺。」/春,茵。人。』/弄,重。夢。/素,處。故。』
此の篇は李商隠「安定城樓」のイメージを異なった言い回しで詠っている。李商隠の王朝批判のせんとうにあるものの基本は宦官による讒言に対して、なすすべを持たない天子、高級官僚たちに向けられている。諸悪の根源を宦官としている。この宦官が日に日に増殖してゆくアメーバ―の様なものである。そのジレンマの中で牛李の闘争がなされている。天子はそれを直視しないで奢侈、頽廃に耽っていく。歴代の王朝が辿って来た道も、同様なものである。
燕臺詩四首 其三 秋 #1と#2
其三 秋
月浪衡天天宇濕,涼蟾落盡疏星入。
雲屏不動掩孤嚬,西樓一夜風箏急。」
欲織相思花寄遠,終日相思卻相怨。
但聞北斗聲回環,不見長河水清淺。」
金魚鎖斷紅桂春,古時塵滿鴛鴦茵。
堪悲小苑作長道,玉樹未憐亡國人。』
瑤琴愔愔藏楚弄,越羅冷薄金泥重。
簾鉤鸚鵡夜驚霜,喚起南雲繞雲夢。」
璫璫丁丁聯尺素,內記湘川相識處。
歌唇一世銜雨看,可惜馨香手中故。」
入。急。」/遠,怨。淺。」/春,茵。人。』/弄,重。夢。/素,處。故。』
其の三 秋
月浪(げつろう) 天を衡(う)ち 天宇(てんう)湿る、涼蟾(りょせん) 落ち盡くして疏星(そせい)入る。
雲屏は不動かず 孤嚬(こひん)を掩う,西樓 一夜 風箏 急なり。」
相思の花を織りて遠くに寄せんと欲するも、終日相い思えば却って相い怨む。
但だ北斗の声の廻環するを聞き、長河の水の清浅なるを見ず。
金魚の鎖は断つ 紅桂の春、古時の塵は満つ 鴛鴦(えんおう)の茵(しとね)。
悲しむに堪えん小苑 長道と作るを,玉樹未だ憐まず 亡国の人。』
揺瑟(ようしつ)愔愔(いんいん)として楚弄(そろう)藏す,越羅(えつら)冷薄にして金泥は重し。
簾鉤(れんこう)鸚鵡(おうむ) 夜 霜に驚き,喚び起こす 南雲 雲夢(うんぼう)を繞(めぐ) るを。」
璫璫(とうとう)丁丁(ちょうちょう) 尺素に聯(つら)なる,內には記(しる)す 湘川(しょうせん) 相 識る處。
歌唇 一世 雨を銜(ふく)みて看ん,惜むべし 馨香(けいこう) 手中に故(ふる)びたり。」
(現代語訳)
月の光が江の上にかかり、北斗七星の第五星「玉衡」は、天空を濡らしている。そうしていると秋の月は沈んでしまった、夜の明けきらぬ早朝の内に宮中に入る。
雲母の屏風がある、身じろぎもせず、口などをゆがめ、眉をひそめた顔に包まれた。そしてその夜の間西の高楼台に、風雲急を告げる凧があげられた。
相思樹の花を織り込んで遠くのあの人に送りたいけれど、一日中織り込んでいて思い続ければ、かえって怨みが募る。
今はただ聞こえてくるのは天子の座を示す北斗星あり、その周りを玉環の魂や、天牢六星が冤魄をともなって回っている、悲しみの声がするのだ、これだけ多くの行きたいという魂が多いと天の川が渡れるほど浅くなっているのは見たことがないだろう。
黄金の魚型の錠前が鎖されて金木犀の咲きほこった庭にだれもいない、かつて伴にした鴛鴦の褥には塵が厚く積もっている。
悲しみを耐えていたあの宮殿の中庭が今では大通りに変わってしまったのだ。陳の後主は「玉樹後庭歌」のように宮女ばかりにかまけて国を亡ぼした人に憐れを覚えるはずがない。
湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓(ひ)く、玉の琴は愔愔と静かな調べに楚の国の響きを籠められている、越のうすぎぬは秋の冷さのなかで透き通り金泥の模様は重厚なものなのだ。
すだれの鉤のような月の夜、鸚鵡は夜の霜の降りる寒さに驚いた、思い起こすのは、南の雲のもと、仙人に招かれ雲夢の沢をめぐった日々もあった。
湘霊が奏でる五十舷の瑟のしらべ、耳飾りの音もかすかに響いてくる、耳飾りを手紙に結び、そこに瀟湘のあたりで知り合った時のことを綴る。
口ずさむ歌、いつまでも涙ながらに読み続けることだろう。しかし無念にも手紙にかき込められた香は、手のなかでしだいに失せていくのだ。
参考---------------------------------
○湘妃 鼓宏舜の妻、蛾皇・女英の二人が舜王のあとを追いかけ湘水までゆき、舜の死んだことをきき、湘水に身をなげて死に、湘水の女神となった。それが湘妃であり、この湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓くという古伝説がある。○斑竹 斑紋のある竹、湘水の地方に産する。その竹は湘妃が涙を流したあとに生じたものであるとの伝説がある。○江 湘江をさす。
蛾皇と女英の故事にもとづく。古代の帝王舜は南方巡行の途中、蒼梧(湖南省寧遠県付近の山)で残した。二人の妃、蛾皇と女英は舜を追い求めて湘江のあたりまで来たが、二人の涙がこぼれた。竹はまだらに染まった。そのためこの地の竹には斑紋がついているという(『博物志』、『述異記』)。湘江は長抄の西を通って洞庭湖に注ぐ。「浅深」はあるいは浅くあるいは深く、まだらになっていることをいう。
安定城樓
迢逓高城百尺樓、綠楊枝外盡汀洲。
賈生年少虚垂涕、王粲春來更遠遊。
永憶江湖歸白髪、欲廻天地人扁舟。
不知腐鼠成滋味、猜意鴛雛竟未休。
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- 李太白集 396《太白巻二十二40憶東山二首 其二》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7568 (04/03)
- 李太白集 395《太白巻二十二39憶東山二首 其一》 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7563 (03/30)
- 李太白集 394《太白巻二十08杜陵絕句》 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7558 (03/29)
- 李太白集 393《太白巻十九18朝下過盧郎中敘舊游》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7553 (03/28)
- 李太白集 392《太白巻十八12金門答蘇秀才》 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7548 (03/27)
- 太白集 391《太白巻十九17下終南山過斛斯山人宿置酒》 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7543 (03/26)
- 太白集 390《太白巻十六33 送長沙陳太守,二首之二》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7538 (03/25)
- 李太白集 389《太白巻十六32 送長沙陳太守,二首之一》 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7533 (03/24)
- 李太白集 388《太白巻十六26 送祝八之江東賦得浣紗石》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7528 (03/23)
- 李太白集 387《太白巻十六23-《送白利從金吾董將軍西征》 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7523 (03/22)
- 李太白集 386《太白巻十六21 送族弟綰從軍安西》(漢家兵馬乘北風) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7508 (03/19)
- 李太白集 385《太白巻十六18-3-《送外甥鄭灌從軍,三首之三》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7503 (03/18)
- 李太白集 384《太白巻十六18-2 送外甥鄭灌從軍,三首之二》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7498 (03/17)
- 李太白集 383《太白巻十六18-1 送外甥鄭灌從軍,三首之一》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7493 (03/16)
- 李太白集 382《太白巻十六13 送張遙之壽陽幕府》 (壽陽信天險,) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7488 (03/15)
- 李太白集 381《太白巻十六10 送程劉二侍郎兼獨孤判官赴安西幕府》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7483 (03/14)
- 李太白集 381《太白巻十六10 送程劉二侍郎兼獨孤判官赴安西幕府》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7483 (03/13)
- 李太白集 380《太白巻十六08 送竇司馬貶宜春》 (天馬白銀鞍,) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7478 (03/12)
- 李太白集 379《太白巻十四34 贈別王山人歸布山》(王子析道論,) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7473 (03/11)
- 李太白集 378《太白巻十二06-夕霽杜陵登樓寄韋繇》 (浮陽滅霽景) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7468 (03/10)
- 李太白集 377《太白巻巻十二05-《望終南山寄紫閣隱者》(出門見南山) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7463 (03/09)
- 李太白集 376《太白巻八36 贈盧徵君昆弟》 (明主訪賢逸) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7458 (03/08)
- 李太白集 375《太白巻八22 贈郭將軍》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7453 (03/07)
- 李太白集 374《太白巻六10-《同族弟金城尉叔卿燭照山水壁畫歌》 (高堂粉壁圖蓬瀛) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7448 (03/06)
- 李太白集 373《太白巻六07 西嶽雲臺歌送丹丘子》 (西嶽崢嶸何壯哉) 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7443 (03/05)
- 李太白集 372《太白巻六05 玉壺吟》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7438 (03/04)
- 李太白集 371《太白巻卷六04-《侍從宜春苑,奉詔賦龍池柳色初青,聽新鶯百囀歌》 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7433 (03/03)
- 李太白集 370《太白巻五 24-秋思》 李白 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 7428 (03/02)