古風 其二十三  李白113


其二十三
秋露白如玉。 團團下庭綠。
秋の露はまるで白い宝玉だ。丸く、丸い、庭の木樹の綠におりている。
我行忽見之。 寒早悲歲促。
わたしの旅先中で、それを見つけた、寒さが早くも来ていて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
人生鳥過目。 胡乃自結束。
人生というものは、鳥が目の先をかすめ飛びさるようなものだ。このことはつまらないことだ、自分で自分を束縛するなんて。
景公一何愚。 牛山淚相續。
むかしの斉の景公は、儒教の考えで自分を束縛しているじつに何とおろかなことか。牛山にあそんで美しい国土をながめ、人間はなぜ死なねばならぬかとなげいて、涙をとめどもなく流した。
物苦不知足。 得隴又望蜀。
人は自ら満ち足りるということがなくて苦しむというが、すでに隴を得たのにも関わらず今度は蜀が欲しくなった、と。
人心若波瀾。 世路有屈曲。
人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化があるもの、世間で暮らしを立ててゆくことは、よかったり、悪かったりという曲りくねりがあるものだ。
三萬六千日。 夜夜當秉燭。

人生、三万六千日。毎夜、毎夜、ともしびをかかげて楽しくすごすべきである。



秋の露はまるで白い宝玉だ。丸く、丸い、庭の木樹の綠におりている。
わたしの旅先中で、それを見つけた、寒さが早くも来ていて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
人生というものは、鳥が目の先をかすめ飛びさるようなものだ。このことはつまらないことだ、自分で自分を束縛するなんて。
むかしの斉の景公は、儒教の考えで自分を束縛しているじつに何とおろかなことか。牛山にあそんで美しい国土をながめ、人間はなぜ死なねばならぬかとなげいて、涙をとめどもなく流した。
人は自ら満ち足りるということがなくて苦しむというが、すでに隴を得たのにも関わらず今度は蜀が欲しくなった、と。
人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化があるもの、世間で暮らしを立ててゆくことは、よかったり、悪かったりという曲りくねりがあるものだ。
人生、三万六千日。毎夜、毎夜、ともしびをかかげて楽しくすごすべきである。


(下し文)
秋露は白くして玉の如く、 團團として庭綠に下る。
我行きて忽ち之を見る、寒早くして 歳の促すのを悲しむ
人生は 鳥の目を過ぎるがごとし、胡こそ乃ち 自ら結束するや
景公ひとえに何で愚かなる。牛山 涙 相続く
物は足ることを知らざるを苦しみ、隴を得て又蜀を望む。
人心は波瀾の若し。 世路には屈曲有り。
三萬六千日、 夜夜當に燭を秉る。

古風 其の二十三

秋露白如玉、團團下庭綠。
秋の露はまるで白い宝玉だ。丸く、丸い、庭の木樹の綠におりている。
団団 まるいさま。露が丸い粒にかたまったさま。六朝の謝霊運の詩に「團團たり満葉の露」とある。李白「古郎月行」では木々のこんもり繁るさまに使っている。 ○庭綠 庭の中の草木。

我行忽見之、寒早悲歲促。
わたしの旅先中で、それを見つけた、寒さが早くも来ていて、年の瀬がおしせまる気がして悲しさをさそう。
歳促 歳の瀬がせまる。


人生鳥過目、胡乃自結束。

人生というものは、鳥が目の先をかすめ飛びさるようなものだ。このことはつまらないことだ、自分で自分を束縛するなんて。
鳥過目 張協の詩に「人生は瀛海の内、忽上して鳥の目を過ぐるが如し」とある。飛鳥が目の前をかすめて過ぎるように、人生はつかのまの時間に限られる。○ ここではでたらめ。あやしい。つまらないこと。 ○結束 窮屈にする。しばりつける。


景公一何愚、牛山淚相續。

むかしの斉の景公は、儒教の考えで自分を束縛しているじつに何とおろかなことか。牛山にあそんで美しい国土をながめ、人間はなぜ死なねばならぬかとなげいて、涙をとめどもなく流した。
景公二句 「列子」にある話。景公は、春秋時代の斉の景公、牛山は、斉の国都であった今の山東省臨淄県の、南にある山。 杜牧「九日齊山登高」 牛山何必獨霑衣。とある。この牛山に春秋・斉の景公が遊び、北の方にある都を望んで、涙を流して「どうして人はこんなにばたばたと死んでいくのか」と人の死を歎き、涙で濡らしたという。
これは儒教の考えをくだらないものとして比喩している。


物苦不知足、得隴又望蜀。

人は自ら満ち足りるということがなくて苦しむというが、すでに隴を得たのにも関わらず今度は蜀が欲しくなった、と。
○物苦二句「十八史略-東漢[世祖光武皇帝][岑彭]
」の、光武帝が岑彭に与えた富に「人は足るを知らざるに苦しむ。既に隴を平らげて復た蜀を望む」とある。隴はいまの甘粛省隴西県の地。蜀はいまの四川省。物は人間。


人心若波瀾。 世路有屈曲。

人の心は高揚したり、沈んだりの起伏変化があるもの、世間で暮らしを立ててゆくことは、よかったり、悪かったりという曲りくねりがあるものだ。
波瀾 大波、小波。起伏変化のさま。○処世 世渡り。世間で暮らしを立ててゆくこと。(荘子)
 
三萬六千日。 夜夜當秉燭。
人生、三万六千日。毎夜、毎夜、ともしびをかかげて楽しくすごすべきである。
三万六千日 百年の日数。李白お得意のわかりやす協調表現。詩の調子を激変させ集中させる効果がある。○夜夜当秉燭 秉は、手で持つ。漢代の古詩十九首の言「生年は百に満たず。常に千歳の憂を懐く。昼は短く、夜の長きを苦しむ。何ぞ燭を秉って遊ばざる」とある。
この最後の句でこの詩の集約している。李白の「贈銭徴君少陽」に秉燭唯須飲;燭を秉って唯須らく飲べし。
白玉一盃酒、緑楊三月時。
春風餘幾日、兩鬢各成絲。
秉燭唯須飲、投竿也未遲。
如逢渭水獵、猶可帝王師。

李白の「春夜桃李園に宴する序」にも、「浮生は夢のごとし。歓を為す幾何ぞ。古人、燭を秉りて夜遊ぶ。良に以あるなり」とある。

唐・李白
夫天地者,萬物之逆旅;
光陰者,百代之過客。
而浮生若夢,爲歡幾何?
古人秉燭夜遊,良有以也。
況陽春召我以煙景,大塊假我以文章。
會桃李之芳園,序天倫之樂事。
群季俊秀,皆爲惠連。
吾人詠歌,獨慚康樂。
幽賞未已,高談轉清。
開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。
不有佳作,何伸雅懷?
如詩不成,罰依金谷酒數。


 この詩「古風 其二十三」は、秋になり、夜露が珠になり、やがて年の瀬に向かう。旅先での寂しさを詠いつつ、年老いていく自分を重ねている。ここでも儒教の礼節の強要を無意味なこと度とし、人生は一瞬ですぎていくのと同じである。欲を言い出したらきりがない。よい時も悪い時もある。曲がった道をまっすぐ歩けない、自然に、自由にすること。それには、毎日を楽しくすごさなければいけないのだ。

 李白は儒教的な考えに徹底的に嫌気を持っていた。そのことは、逆に儒教的詩人たちの評価が低かったのも理解できる。