古風五十九首 其三十九 李白

いよいよ、長安朝廷を辞する時が来たのか。
それにつけても、この3年何だったのか。三顧の礼をもって迎えられたかと思うと次の日から天地が転化したような扱い、頼りにした道教の仲間も、すべてが宦官のいいなり、朝廷は李林甫の横暴がまかり通る。どんなに正論を言っても、天子のところには届かない。そればかりか、その天子たるや、気ままな性格そのもので、云い無、やりっぱなし、のその時政治。家臣は、やりたい放題。
酒は楽しく飲むもの。ここでの酒は酔うためのもの。こんな自分ではなかった。


古風五十九首 其三十九      
登高望四海。 天地何漫漫。
高い山に登り、四方、天下を見わたすと、天も地もはるか ひろびろとして人の世の出来事の小さいことか。
霜被群物秋。 風飄大荒寒。
霜が降り被い尽くし、すべて穀物が実り秋になった、突風が吹いて  ひろびろとした荒野は寒々として誰もいない。
榮華東流水。 萬事皆波瀾。
過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、この朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っている。
白日掩徂輝。 浮云無定端。
白日の下の正論というものが、李林甫のつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような宦官たちは常識の端がないように思うがままにしている。
梧桐巢燕雀。 枳棘棲鴛鸞。
燕と雀の小人物が青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、おしどりと鸞鳳がからたちととげのように人の邪魔をしている。
且復歸去來。 劍歌行路難。
ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。


高い山に登り、四方、天下を見わたすと、天も地もはるか ひろびろとして人の世の出来事の小さいことか。
霜が降り被い尽くし、すべて穀物が実り秋になった、突風が吹いて  ひろびろとした荒野は寒々として誰もいない。
過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、この朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っている。
白日の下の正論というものが、李林甫のつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような宦官たちは常識の端がないように思うがままにしている。
燕と雀の小人物が青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、おしどりと鸞鳳がからたちととげのように人の邪魔をしている。
ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。



古風五十九首 其の三十九
登高(とうこう)して四海(しかい)を望めば、天地  何ぞ漫漫(まんまん)たる
霜は被(おお)って群物(ぐんぶつ)秋なり、風は飄(ひるがえ)って大荒(たいこう)寒し
栄華  東流(とうりゅう)の水、万事  皆(みな)波瀾(はらん)
白日  徂暉(そき)を掩(おお)い、浮雲  定端(じょうたん)無し
梧桐(ごとう)に燕雀(えんじゃく)を巣(すく)わしめ、枳棘(ききょく)に鴛鸞(えんらん)を棲(す)ましむ
且(しばら)く復(ま)た帰去来(かえりなん)、剣歌(けんか)す  行路難(ころなん)



登高望四海。 天地何漫漫。
高い山に登り、四方、天下を見わたすと、天も地もはるか ひろびろとして人の世の出来事の小さいことか。
登高 九月九日の重陽の日の風習で、高い山に登り、家族を思い、菊酒を飲んで厄災を払う習わし。後漢の桓景の故事に基づいた重陽の風習の一。魏・曹植の「茱萸自有芳,不若桂與蘭」や魏・阮籍の『詠懷詩』其十「昔年十四五,志尚好書詩。被褐懷珠玉,顏閔相與期。開軒臨四野,登高望所思。丘墓蔽山岡,萬代同一時。千秋萬歳後,榮名安所之。乃悟羨門子,今自嗤。」 ○四海 古来から四方の地の果ては海となっているからそれの内の意》国内。世の中。天下。また、世界。 『孟子』尽心上に、孔子が泰山に登って天下を小としたとあるをイメージしている。



霜被群物秋。 風飄大荒寒。
霜が降り被い尽くし、すべて穀物が実り秋になった、突風が吹いて  ひろびろとした荒野は寒々として誰もいない。
霜被 霜が降り被い ○群物秋 霜が降り被い ○風飄 ヒューと風が吹く ○大荒 ひろびろとした荒野 ○ 寒々として誰もいない。

 

榮華東流水。 萬事皆波瀾。
過去の王朝で経験している栄華なものは東へ流れる水のようにそこに留まらない、この朝廷でのなにもかもの出来事、総ての事柄、大波の間に漂っている。
東流 中國の大河は東流している。水は東に流れるもの。其の位置にはとどまらない。いつかは消えていくもの。 ○萬 すべてのことがら。



白日掩徂輝。 浮云無定端。
白日の下の正論というものが、李林甫のつまらぬものにその輝きは覆い隠され、浮雲のような宦官たちは常識の端がないように思うがままにしている。
白日 日中の太陽。天子の威光。正論。○浮云 うきぐも。李白は朝廷内の宦官のことを暗天の比喩としていうことが多い。 ○無定端 定めの端がない。好き勝手なことをする。



梧桐巢燕雀。 枳棘棲鴛鸞。
燕と雀の小人物が青桐にかこまれたところに巣を作っており、大人物がいるかといえばそうではなく、おしどりと鸞鳳がからたちととげのように人の邪魔をしている。
梧桐 あおぎり。玄宗と楊貴妃の生活を示したもの。元代の戯曲「梧桐雨」がある。また、『荘子』秋水篇の故事を用いる。荘子が梁の国の宰相恵子を訪れようとすると、それは宰相の地位を奪い取ろうとしているのだという重言があった。恐れる恵子に向かって荘子はたとえ話を持ち出す。南方に「鴛雛」という鳥がいて、梧桐にしか止まらず、練実(竹の実)しか食べず、清浄な水しか飲まない。鶴が「腐鼠」を食べていたところに鴛雛が通りかかると、鶴はにらみつけて「嚇」と叫んだ。今あなたは梁の国を取られはしないか恐れて威嚇するのか、と恵子に言った。猜疑心を抱きつつの後宮生活を示す。○燕雀 小人物のこと。趙飛燕。楊貴妃の事。 ○枳棘 からたちととげ。人の邪魔をすること。 ○棲鴛鸞 おしどりと鸞鳳。楊貴妃とその兄弟の事。
この聯は『史記』・陳渉世家に「燕雀安知鴻鵠之志哉」(燕雀いずくんぞ鴻鵠之志を知るや。:小人物は大人物、鴻鵠の志を知ることができようか)の一節に基づくもの。



且復歸去來。 劍歌行路難。
ともかくもまた「歸去來」の辞を詠おう、そして剣を叩いて 「行路難」を吟じよう。
歸去來 陶淵明が仕官80日あまりで官を辞して故郷に帰った時の辞。 ○劍歌 孟嘗君(もうしょうくん)に苦言を呈した馮驩(ふうかん)は剣の柄をたたき詩を吟じた。○行路難 古楽府の名。