五月東魯行答汶上翁 李白

五月東魯行答汶上翁

五月梅始黃、蠶凋桑柘空。
五月になり夏になった、 梅の実は黄ばみはじめた、蚕は蛹となって桑や山ぐわのなにもかも全てなくなる。
魯人重織作、機杼鳴帘櫳。
魯の人は機織りを熱心にしている、はたを織るオサの音は換気するための格子のある小窓から聞こえてくる。
顧余不及仕、學劍來山東。
ところでわたしは いま官途に就くまでに至っていない、剣だけを学んでおり、そうしてこの 山東にやってきたのだ。
舉鞭訪前途、獲笑汶上翁。
剣にたよっていくことでこれからの行くすえが開けてくると力んでみせたら、汶水のほとりの翁に笑われた。
下愚忽壯士、未足論窮通。
愚劣なものだ、理想を求めているものの心意気がわかるものか、道理を極めていくものにとってこんなことを論ずることはないのだ。
我以一箭書、能取聊城功。
わたしは、魯仲連の一本の箭文(やぶみ)だけでもって、聊城を陥落させ、手柄を立てた故事を知っている。
終然不受賞、羞與時人同。
最後まで決して、恩賞を受け取りはしなかった、それは受け取って世間並みの男とみられるのを恥としたからだ。
西歸去直道、落日昏陰虹。
西方の仙人の住むところ帰り、「道」を求めてゆく、夕方には、 陰りのある虹が架かっているであろう。
此去爾勿言、甘心為轉蓬。

ここを去るからには余計な口出しをするものではない、おもいのままにすること、自然に任せて転蓬のように転ぶことなのだ。

五月になり夏になった、 梅の実は黄ばみはじめた、蚕は蛹となって桑や山ぐわのなにもかも全てなくなる。
魯の人は機織りを熱心にしている、はたを織るオサの音は換気するための格子のある小窓から聞こえてくる。
ところでわたしは いま官途に就くまでに至っていない、剣だけを学んでおり、そうしてこの 山東にやってきたのだ。
剣にたよっていくことでこれからの行くすえが開けてくると力んでみせたら、汶水のほとりの翁に笑われた。
愚劣なものだ、理想を求めているものの心意気がわかるものか、道理を極めていくものにとってこんなことを論ずることはないのだ。
わたしは、魯仲連の一本の箭文(やぶみ)だけでもって
聊城を陥落させ、手柄を立てた故事を知っている。
最後まで決して、恩賞を受け取りはしなかった、それは受け取って世間並みの男とみられるのを恥としたからだ。
西方の仙人の住むところ帰り、「道」を求めてゆく、夕方には、 陰りのある虹が架かっているであろう。

ここを去るからには余計な口出しをするものではない、おもいのままにすること、自然に任せて転蓬のように転ぶことなのだ。

(下し文)五月、東魯行 汶上の翁に答える
五月  梅始めて黄ばみ、蚕(さん)は凋(しぼ)み  桑柘(そうしゃ)空(むな)し。
魯人(ろじん)  織作(しょくさく)を重んじ、機杼(きじょ)  簾櫳(れんろう)に鳴る。
顧(ただ) 余(よ)  仕(つか)うるに及ばず、剣を学んで山東(さんとう)に来(きた)る。
鞭を挙(あ)げて前塗(ぜんと)を訪(と)い、笑(しょう)を汶上(ぶんじょう)の翁(おう)に獲(え)たり。
下愚(げぐ)  壮士を忽(ゆるがせ)にす、未(いま)だ窮通(きゅうつう)を論ずるに足らず。

我(われ)は一箭(いっせん)の書を以て、能(よ)く聊城(りょうじょう)を取るの功(こう)たり。
終に賞を受けず然り、時人(じじん)と同じきを羞(は)ず。
西帰(せいき)して  直道(ちょくどう)を去らば、落日  陰虹(いんこう)昏(くら)し。
此(ここ)に去る  爾(なんじ)  言うこと勿(なか)れ、甘心(かんしん)す  転蓬(てんぽう)の如きに。


五月梅始黃。蠶凋桑柘空。
五月になり夏になった、 梅の実は黄ばみはじめた、蚕は蛹となって桑や山ぐわのなにもかも全てなくなる。
○蠶凋 蚕しぼむ。生気がなくなる。 ○桑柘空 桑や山ぐわのなにもかも全てなく。

魯人重織作、機杼鳴帘櫳。
魯の人は機織りを熱心にしている、はたを織るオサの音は換気するための格子のある小窓から聞こえてくる。
○魯人 山東地方の人。○機杼 はたを織るオサ。  ○帘櫳 換気するための格子のある小窓。帘:酒屋の看板の旗。櫳:格子のある窓。

顧余不及仕、學劍來山東。
ところでわたしは いま官途に就くまでに至っていない、剣だけを学んでおり、そうしてこの 山東にやってきたのだ。

舉鞭訪前途、獲笑汶上翁。
剣にたよっていくことでこれからの行くすえが開けてくると力んでみせたら、汶水のほとりの翁に笑われた。
○汶上 山東省聊城県の北西地域。汶水のことで泰山の南を西に流れ黄河に合流する。

下愚忽壯士、未足論窮通。
愚劣なものだ、理想を求めているものの心意気がわかるものか、道理を極めていくものにとってこんなことを論ずることはないのだ。
○壯士 理想を求めている武士というような意味。  ○窮通 道理を追及していること。窮通は『易』に「窮するものは変じ、変ずれば通じ、通ずれば久し」に基づく。

我以一箭書、能取聊城功。
わたしは、魯仲連の一本の箭文(やぶみ)だけでもって
聊城を陥落させ、手柄を立てた故事を知っている。
○一箭書  ○聊城功 「聊城」は、今、山東省に聊城県がある。それにちなんだ故事を用いる。『史記』魯仲連伝に、「戦国の時、斉の田単が、燕軍が占領している聊城を攻めたが退かない。よって魯仲連が箭書を城中に射ると、燕将が感泣して自殺し、聊城が降った。田単は魯仲連に爵位を与えようとしたが、受けないで海上に隠れた」 という。

終然不受賞、羞與時人同。
最後まで決して、恩賞を受け取りはしなかった、それは受け取って世間並みの男とみられるのを恥としたからだ。
○終然 ついに・・・・・・してしかり。 ○時人同 世間並の人間。
李白「古風 其九」青門種瓜人、舊日東陵侯。(青門に瓜を種うるの人は旧日の東陵侯なり。)イメージはよく似ている。

西歸去直道、落日昏陰虹。
西方の仙人の住むところ帰り、「道」を求めてゆく、夕方には、 陰りのある虹が架かっているであろう。
○西歸 西方の仙人の住むところ帰 ○去直道 「道」を求めてゆく。 ○昏陰虹 陰りのある虹が架かっているであろう。実際には、長安、朝廷は西に位置する、友人の呉筠、玉真公主らによって何らかの連絡を期待していたのであろう。

此去爾勿言。甘心為轉蓬。
ここを去るからには余計な口出しをするものではない、おもいのままにすること、自然に任せて転蓬のように転ぶことなのだ。
・甘心 おもいのままにする。心に満足する。 ・転蓬 ヤナギヨモギが(根が大地から離れて)風に吹かれて、ひとつだけで、風に飛ばされてさすらうさま。日本のヨモギとは大きく異なり、風に吹かれて転がるように風に飛ばされる。(風に飛ばされて)転がってゆく蓬。飛蓬。「蓬」は、日本のヨモギとは異なる。蓬が枯れて、根元の土も風に飛ばされてしまい、根が大地から離れて、枯れた茎が輪のようになり、乾いた黄土高原を風に吹かれて、恰も紙くずが風に飛ばされるが如く回りながら、黄砂とともに流れ去ってゆく。映画『黄土地』にもその場面が出てくる。江湖を流離う老人が、転蓬とともに歩み去ってゆく。
飛蓬。孤蓬。

曹植「雑詩六首其二」
轉蓬離本根、飄颻隨長風。
何意迴飆舉、吹我入雲中。
高高上無極、天路安可窮。
類此遊客子、捐躯遠從戎。
毛褐不掩形、薇藿常不充。
去去莫復道、沈憂令人老。

また、曹植「吁嗟篇」に初句に使う。

杜甫「野人送朱桜」
西蜀桜桃他自紅、野人相贈満筠籠。
数迴細写愁仍破、万顆匀円訝許同。
憶昨賜霑門下省、退朝擎出大明宮。
金盤玉筯無消息、此日嘗新任転蓬


また、杜甫「客亭」最終句に使う。

紀頌之のブログ「李商隠8無題」最終語 参照

希望を持ってさすらうことを示すもので、詩の最初か最後に使われ、希望に向かう意思を示すものだ。