行次西郊作 一百韻 李商隠 150- 160 #13


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生小太平年,不識夜閉門。
少壯盡點行,疲老守空村。
生分作死誓,揮淚連秋雲。
廷臣例獐怯,諸將如羸奔。
爲贼掃上陽,捉人送潼關。』#-12
玉輦望南鬥,未知何日鏇。
756年天宝十五年六月十三日。玄宗は遂に都を棄てて、未明に南斗を望みつつ、蜀の地方へと御車を走らせたのだ。あわただしく落ちのびるその路行きは、常の巡幸にはあらず、ひとたび逃避したならば、今度はいつ、都にかえってこられるかはわからないのだ。
誠知開闢久,遘此雲雷屯。
こうして新たな天地において天子が遷都されることになるのは、唐王朝の建国より以来はじめてのことであると認知したのだ、これは雷雲が群れて時期を待っているようにいったんは逃げるが、沈黙を保って計画を見せず、体制を整え奪還するということだ。
送者問鼎大,存者要高官。
この玄宗に従った臣下は唐王朝も見限って、天子の権威を落し、またあわよくばとって代ろうと考えるのがでた、都に残ったものは、安禄山の偽攻府に仕え、ただ高い官位を求めていた。
搶攘互間諜,孰辨梟與鸞。
このような混乱のさなかには、人というもの、互に相手の行動を探り合う。だが誰が悪鳥か神鳥か、だれが誠実であり誰が腹黒い人間であるかを見分ける事はできはしない。
千馬無返轡,萬車無還轅。」#-13

行く先先、州軍の干馬は逃げ去って、たづなをしぼって馬を返す忠義の将はいなかった、州軍の万車は車のかじをめぐらしてひきかえす勇気ある兵士もいなかった。
城空鼠雀死,人去豺狼喧。
南資竭吳越,西費失河源。
因今左藏庫,摧毁惟空垣。
如人當一身,有左無右邊。
觔體半痿痺,肘腋生臊膻。』#-14


#12
生小 太平の年、夜にも門を閉ざすを識らず。
少壮のものは尽く点行せられ、疲老のみ空しき村を守る。
生き分れて死誓(しせい)を作し、涙を揮(ふる)いて秋雲に連なる。
廷臣は獐(くじか)の例(ごと)く怯(おび)え、諸軍は羸(えい)の如く奔(はし)る。
賊の為に上陽を掃い、人を捉(とら)えて潼関に送る。
#13
玉輦(ぎょくれん)は南斗を望み、未だ知らず 何の日に旋(かえ)らんかを。
誠に知りぬ 開闢(かいびゃく)より久しくして、此の雲雷の屯に遘(あ)うことを。
送(したが)う者は鼎(かなえ)の大いさを問い、存(のこ)る者も高官を要(もと)むるのみ。
搶攘(そうじょう)しつつ互に間諜(かんちょう)し、孰(たれ)か梟(きょう)と鸞(らん)とを辨(わか) たん。
千馬 轡(たずな)を返えさず、万車も轅(ながえ)を還(めぐら)さず。

#14
城は空しくして鼠雀(そじゃく)死し、人は去りて豺狼(さいろく)喧(かしま)し。
南の資は呉越に竭(つ)き、西の費は河源に失す。
因(よ)りて右の蔵庫(ぞうこ)を令(し)て、摧毁(さいき)して惟だ空垣(くうえん)のみならしむ。
人の一身に当りて、左有りて右辺無きが如し。
筋体(きんたい) 半ば痿(な)えて痺(しび)れて、肘腋(ちゅうえき)に 臊膻(そうせん)を生ず。


80022008
 

現代語訳と訳註
(本文)

玉輦望南鬥,未知何日鏇。
誠知開闢久,遘此雲雷屯。
送者問鼎大,存者要高官。
搶攘互間諜,孰辨梟與鸞。
千馬無返轡,萬車無還轅。」#-13


(下し文)
玉輦(ぎょくれん)は南斗を望み、未だ知らず 何の日に旋(かえ)らんかを。
誠に知りぬ 開闢(かいびゃく)より久しくして、此の雲雷の屯に遘(あ)うことを。
送(したが)う者は鼎(かなえ)の大いさを問い、存(のこ)る者も高官を要(もと)むるのみ。
搶攘(そうじょう)しつつ互に間諜(かんちょう)し、孰(たれ)か梟(きょう)と鸞(らん)とを辨(わか) たん。
千馬 轡(たずな)を返えさず、万車も轅(ながえ)を還(めぐら)さず。

(現代語訳)
756年天宝十五年六月十三日。玄宗は遂に都を棄てて、未明に南斗を望みつつ、蜀の地方へと御車を走らせたのだ。あわただしく落ちのびるその路行きは、常の巡幸にはあらず、ひとたび逃避したならば、今度はいつ、都にかえってこられるかはわからないのだ。
こうして新たな天地において天子が遷都されることになるのは、唐王朝の建国より以来はじめてのことであると認知したのだ、これは雷雲が群れて時期を待っているようにいったんは逃げるが、沈黙を保って計画を見せず、体制を整え奪還するということだ。
この玄宗に従った臣下は唐王朝も見限って、天子の権威を落し、またあわよくばとって代ろうと考えるのがでた、都に残ったものは、安禄山の偽攻府に仕え、ただ高い官位を求めていた。
このような混乱のさなかには、人というもの、互に相手の行動を探り合う。だが誰が悪鳥か神鳥か、だれが誠実であり誰が腹黒い人間であるかを見分ける事はできはしない。

(訳注)
玉輦望南鬥,未知何日鏇。

756年天宝十五年六月十三日。玄宗は遂に都を棄てて、未明に南斗を望みつつ、蜀の地方へと御車を走らせたのだ。あわただしく落ちのびるその路行きは、常の巡幸にはあらず、ひとたび逃避したならば、今度はいつ、都にかえってこられるかはわからないのだ。
望南斗 南斗は二十八宿の一つ。玄宗が蜀(四川のこと)の地方に向って落ちのびた事を指す。剣南節度使を兼任していた楊国忠がすすめによる。756年天宝十五年六月十三日。五行・道教思想では、北斗七星と南斗六星は対を成す存在として神格化されている。北斗(北斗星君)は死をつかさどるとされ、白い服を着た醜い老人の姿で描かれる。南斗(南斗星君)は生をつかさどるとされ、赤い服を着た、北斗と同様の醜い老人の姿や逆に若い美しい男の姿で描かれる。

誠知開闢久,遘此雲雷屯。
こうして新たな天地において天子が遷都されることになるのは、唐王朝の建国より以来はじめてのことであると認知したのだ、これは雷雲が群れて時期を待っているようにいったんは逃げるが、沈黙を保って計画を見せず、体制を整え奪還するということだ。
雲雷屯 仮痴不癲のことを示す。雷雲が群れて時期を待っているようなもので、知らないふりをして何もしないほうが、知ったかぶりをして軽挙妄動するよりもいい。沈黙を保って計画を見せない。(『易経』屯卦)。 偽って知らないふりをしているが、実は知っている。

送者問鼎大,存者要高官。
この玄宗に従った臣下は唐王朝も見限って、天子の権威を落し、またあわよくばとって代ろうと考えるのがでた、都に残ったものは、安禄山の偽攻府に仕え、ただ高い官位を求めていた。
送者 送者は玄宗につき従ったもの、存者は長安に残って安縁山の偽政府に仕えたものをいう。○鼎大 鼎は夏の萬王が九州の金を収めて鋳った九鼎が、王者のしるしとして伝えられた事から、その大きさを問うことは、あわよくば王朝をのっとろうとすること。


搶攘互間諜,孰辨梟與鸞。
このような混乱のさなかには、人というもの、互に相手の行動を探り合う。だが誰が悪鳥か神鳥か、だれが誠実であり誰が腹黒い人間であるかを見分ける事ができはしないのだ。
搶攘 みだれること。○孰辨 孰は誰。弁は弁別。○梟与鸞 梟は悪鳥、鸞は神鳥。与は、と。接続詞である。



千馬無返轡,萬車無還轅。」
行く先先、州軍の干馬は逃げ去って、たづなをしぼって馬を返す忠義の将はいなかった、州軍の万車は車のかじをめぐらしてひきかえす勇気ある兵士もいなかった。
返轡 轡はたづな。○還轅 轅は車のかじ棒。馬車・牛車(ぎつしや)などの前に長く出した二本の棒。その前端に軛(くびき)をわたして牛馬にひかせる。

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