行次西郊作 一百韻 李商隠 150- 167 #20



近年牛醫兒,城社更扳援。
盲目把大旆,處此京西藩。
樂禍忘怨敵,樹黨多狂狷。
生爲人所憚,死非人所憐。
快刀斷其頭,列若豬牛懸。」#-19

鳳翔三百里,兵馬如黄巾。
鳳翔から長安に至るまで、凡そ三百里の間は、しかしその甘露の変のために無政府状熊におち入り、ならず者は群盗と化し、農民一揆は乱発し、あたかも漢末の黄巾の乱のように、兵馬が駆けめぐったのだった。
夜半軍牒來,屯兵萬五千。
真夜中に軍部からの指令が村にとどいたのであるが、それは、一万五干の王朝の軍が駐屯するというしらせであったが、同時にそれは村人の負担になるのだ。
鄉里駭供億,老少相扳牽。
村人にとって、兵糧米の供出に、村里は愕然とせねばならなかった。命令に従う以外にはないからである。老人と幼少年の者、それら辛うじて村に居残っていたものたちは前後で手をひき合って逃亡するしかなかった。
兒孫生未孩,棄之無慘顏。
逃民は生れてまだ乳ばなれせぬ嬰児を足于まといになるということで路傍に棄て去り、しかも、それを悲しむ表情をすら失っていた。
不複議所適,但欲死山間。』
#-20
どこへ行けばよいのかを相談すこともないままに、ただもう、兵戈にかかるよりは、山の中で餓え死にした方がましであると、逃避したのである。
爾來又三歲,甘澤不及春。
盜贼亭午起,問誰多窮民。
節使殺亭吏,捕之恐無因。
咫尺不相見,旱久多黄塵。」#-21

#19
近年 牛医(ぎゅうい)の児(こ)、
城社(じょうしゃ)に更に扳援(はんえん)す。
盲目(もうもく)にして大旆(たいはい)を把(と)り、此の京西(けいせい)の藩(はん)に処(お)る。
禍(わざわい)を楽しみて怨敵(おんてき)を忘れ、党を樹てて狂狷(きょうけん)多し。
生きては人の憚(はばか)る所と為り、死しても人の憐む所に非ず。
快刀(かいとう) 其の頭(こうべ)を断(き)り、列(つら)ねらるること猪牛(ちょぎゅう)の懸(かけ)らるるに若(に)たり。
#-20
鳳翔(ほうしょう) 三百里、兵馬(へいば)は黄巾(こうきん)の如し。
夜半(やはん)に軍牒(ぐんちょう)来り、兵を屯する 万五干。
鄉里は供億(きょうおく)に駭(おどろ)き、老少(ろうしょう) 相い扳(たす)け牽(ひ)く。
児孫(じそん) 生れて未だ孩(がい)ならざるに、之を棄てて惨顔(さんがん)無し。
複た適(ゆ)く所を議(はか)らず、但だ山間に死せんことを欲す。

#21
爾来(じらい) 又三載(またさんさい)、甘沢(かんたく) 春に及ばず。
盗賊は亭午(ていご)に起る、誰かと問えば 多くは窮民。
節使はただ亭吏を殺す、之を抽えんとするも恐らく因るところ無けん。
咫尺(しせき)にも相い見えず、
旱(ひでり)久しくして黄塵(こうじん)多し。


 現代語訳と訳註
(本文)

鳳翔三百里,兵馬如黄巾。
夜半軍牒來,屯兵萬五千。
鄉里駭供億,老少相扳牽。
兒孫生未孩,棄之無慘顏。
不複議所適,但欲死山間。』#-20

(下し文)
鳳翔(ほうしょう) 三百里、兵馬(へいば)は黄巾(こうきん)の如し。
夜半(やはん)に軍牒(ぐんちょう)来り、兵を屯する 万五干。
鄉里は供億(きょうおく)に駭(おどろ)き、老少(ろうしょう) 相い扳(たす)け牽(ひ)く。
児孫(じそん) 生れて未だ孩(がい)ならざるに、之を棄てて惨顔(さんがん)無し。
複た適(ゆ)く所を議(はか)らず、但だ山間に死せんことを欲す。

(現代語訳)
鳳翔から長安に至るまで、凡そ三百里の間は、しかしその甘露の変のために無政府状熊におち入り、ならず者は群盗と化し、農民一揆は乱発し、あたかも漢末の黄巾の乱のように、兵馬が駆けめぐったのだった。
真夜中に軍部からの指令が村にとどいたのであるが、それは、一万五干の王朝の軍が駐屯するというしらせであったが、同時にそれは村人の負担になるのだ。
村人にとって、兵糧米の供出に、村里は愕然とせねばならなかった。命令に従う以外にはないからである。老人と幼少年の者、それら辛うじて村に居残っていたものたちは前後で手をひき合って逃亡するしかなかった。
逃民は生れてまだ乳ばなれせぬ嬰児を足于まといになるということで路傍に棄て去り、しかも、それを悲しむ表情をすら失っていた。
どこへ行けばよいのかを相談すこともないままに、ただもう、兵戈にかかるよりは、山の中で餓え死にした方がましであると、逃避したのである。


(訳注)
鳳翔三百里,兵馬如黄巾。
鳳翔から長安に至るまで、凡そ三百里の間は、しかしその甘露の変のために無政府状熊におち入り、ならず者は群盗と化し、農民一揆は乱発し、あたかも漢末の黄巾の乱のように、兵馬が駆けめぐったのだった。
鳳翔三百里 鳳翔府は長安の西三百十五里にある。180km余り。○黄巾 後漢の霊帝劉宏(一五六―一八九年)の時に起り、後漢の滅亡の原因の一つとなった、張角に指導された大農民一揆。天師道の信仰によって結束し、その一党はみな黄色い頭巾をかぶっていたので、世にこれを黄巾の賊と称する。黄は土の色を象徴し、五行思想から云えば漢の徽色である赤に代るべき色なのである。李商隠の死後、同様に唐の末期的症状を示す黄巣の乱(こうそうのらん)(875~884)が起こっている。


夜半軍牒來,屯兵萬五千。
真夜中に軍部からの指令が村にとどいたのであるが、それは、一万五干の王朝の軍が駐屯するというしらせであったが、同時にそれは村人の負担になるのだ。
軍牒 軍の指令書。


鄉里駭供億,老少相扳牽。
村人にとって、兵糧米の供出に、村里は愕然とせねばならなかった。命令に従う以外にはないからである。老人と幼少年の者、それら辛うじて村に居残っていたものたちは前後で手をひき合って逃亡するしかなかった。
供億 乏しき者に物を給与してそれを安んぜしめるのが原義、転じて供出の義に用う。[左伝]の隠公十一年の章に「鄭伯曰く、寡人は惟だ是。のこ一の父兄だに供億する能わず。」と見える。○扳牽 扳はひっぱる。牽は前にひくの意。


兒孫生未孩,棄之無慘顏。
逃民は生れてまだ乳ばなれせぬ嬰児を足于まといになるということで路傍に棄て去り、しかも、それを悲しむ表情をすら失っていた。
未孩 生れて二I三歳、笑いを知りそめた子供を孩という。未孩は乳飲児。「老于」に「嬰児の未だ孩ならざる如し」とある。○惨顔 惨は哀れに思って心いたむこと。


不複議所適,但欲死山間。
どこへ行けばよいのかを相談すこともないままに、ただもう、兵戈にかかるよりは、山の中で餓え死にした方がましであると、逃避したのである。
 事の宜しきを考えはかる。


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