韓退之(韓愈)は、罪を得て流され、配所で死んだ韓会の弟である。そんな者の世話をしようなどという奇特な人、があるわけはない。韓退之(韓愈)が「古えの道」をふりかざしていなくとも、「門を出でて之く所がない」状態になるのは、当然のことであった。
落第も続くとなると、周囲の目も温かいばかりではなくなってくる。ことに韓退之(韓愈)の場合は、世話をしてくれる馬燧への気がねも必要である。
787年、韓退之(韓愈)は、馬燧が外出のおり、その行列をさえぎって直訴した。「馬前に拝した」後、馬燧は、直訴した韓愈を罰せずに、安邑里の私邸で会ってくれ、「其の寒飢(かんき)を軫(み)て」、着物と食事とを恵んでくれ、二人の息子を呼び出して韓愈の世話をしてやるようにと命じたたためもあって、三回目に落第した翌年の790貞元六年、彼は都を離れて江南へと帰った。その目的は明らかにされていないが、長安での生活が意外に長くなりすぎたため、一度家に帰って一息ついて気分新たに都での生活費をなんらかの補充したのではなかろうか。愈はこの旅の途中で、滑州(河南省鄭州の付近)にいた賈耽(かたん)という節度使にあてて手紙を送った(「賈滑州に上る書」)。内容は賈耽の幕僚として採用を願い出たもので、このときの愈は落第が続いたためもあり、よほど経済的に困っていたのだ。だがこの手紙は、買耽に韓愈のためを成したというものにはならなかった。
江南へ帰って一年、詳しいことはわからないが経済上の見通しが立ったのであろう、791貞元七年韓愈は再び上京した。そして翌年、二十五歳でめでたく科挙に合格する。その年合格の前に作ったのが「北極贈李觀」である。韓愈と李観とは科挙同期及第者、「同年」と称して友人の義を結んだ親友であった。
北極贈李觀 韓退之(韓愈)
北極贈李觀 #1
北極有羈羽,南溟有沉鱗。
天下世界の北のはてにふるさとを遠く離れた鳥がおり、南のはての海には水底深くもぐったままの魚がいる。
川原浩浩隔,影響兩無因。
川原は広々とはるかな間を隔てている、鳥も魚も、声の聞きようもなければ姿の見ようもないのである。
風雲一朝會,變化成一身。
それがある朝のことである突然の風雲にめぐり遇って、変化したかと思うと一つの体になってしまったのである。
誰言道裏遠,感激疾如神。
こんな出来事は、道のりが遠いなどと誰が言えるというのか。心を打つ力というものは速いこと神わざかと思うばかりなのだ。
#2
我年二十五,求友昧其人。
哀歌西京市,乃與夫子親。
所尚茍同趨,賢愚豈異倫。
方為金石姿,萬世無緇磷。
無為兒女態,憔悴悲賤貧。
#1
北極に羈羽有り、南溟(なんめい) 沉鱗(ちんりん)有り。
川原 浩浩として隔て、影響 両つながら因る無し。
風雲 一朝に会して、変化して一身と成る。
誰か言う道里 遠しと、感激して疾きこと神の如し。
我 年 二十五、友を求むれども其の人に昧し。
#2
西京の市に哀歌して、乃ち夫子と親しめり。
尚(とうと)ぶ所に 茍(いやしく)も趨(すう)を同じくせば、。賢愚(けんぐ) 豈 倫(とも)を異(から)にせんや
方に金石の姿と為りて、万世 緇磷(さいりん)すること無けん。
児女の態を為して、樵悴して賤貧を悲しむこと無かれ。
現代語訳と訳註
(本文) 北極贈李觀 #1
北極有羈羽,南溟有沉鱗。
川原浩浩隔,影響兩無因。
風雲一朝會,變化成一身。
誰言道裏遠,感激疾如神。
(下し文) #1
北極に羈羽有り、南溟(なんめい) 沉鱗(ちんりん)有り。
川原 浩浩として隔て、影響 両つながら因る無し。
風雲 一朝に会して、変化して一身と成る。
誰か言う道里 遠しと、感激して疾きこと神の如し。
我 年 二十五、友を求むれども其の人に昧し。
(現代語訳)
天下世界の北のはてにふるさとを遠く離れた鳥がおり、南のはての海には水底深くもぐったままの魚がいる。
川原は広々とはるかな間を隔てている、鳥も魚も、声の聞きようもなければ姿の見ようもないのである。
それがある朝のことである突然の風雲にめぐり遇って、変化したかと思うと一つの体になってしまったのである。
こんな出来事は、道のりが遠いなどと誰が言えるというのか。心を打つ力というものは速いこと神わざかと思うばかりなのだ。
(訳注)
北極有羈羽,南溟有沉鱗。
天下世界の北のはてにふるさとを遠く離れた鳥がおり、南のはての海には水底深くもぐったままの魚がいる。
○北極 天下は九分割されて九州としていたが、地上波東西南北それぞれ行き着くところがあり、崖になって海になるという考えでありその北の果てをいうものである。○羈羽 旅人のことを言うのであるが、下句に魚を言うので表現としては、故郷を離れた鳥と訳すのが妥当。○南溟 南のはての海。○沉鱗 水底深くもぐったままの魚。人に認められないことのたとえ。睨は魚類。揖羽と沈鱗は、韓愈と李観とに喩える。
川原浩浩隔,影響兩無因。
川原は広々とはるかな間を隔てている、鳥も魚も、声の聞きようもなければ姿の見ようもないのである。
○浩浩 広々としたさま。○影響 影と声の響き。○兩無因 両方ともその姿さえ見えない。
風雲一朝會,變化成一身。
それがある朝のことである突然の風雲にめぐり遇って、変化したかと思うと一つの体になってしまったのである。
○風雲 風雲に乗じて、という心持ち。外からはたらく助けによってある機会を得ることをさす。○一朝會 ある朝出会う。ひとたび出会うこと。○一身 わかれていたものが、あるいは離れていたものが一体化すること。
誰言道裏遠,感激疾如神。
こんな出来事は、道のりが遠いなどと誰が言えるというのか。心を打つ力というものは速いこと神わざかと思うばかりなのだ。
○道裏遠 道のりが遠いさまをいう。○疾如神 速いこと神わざかと思えるほどであること。
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